アベノミクスを考えるためのマクロ経済の統計分析-2
(黒田東彦氏:Bloombergより引用)
この記事では、前記事で選択したマクロ経済の各指標値の推移に対して
多変量時系列分析における基本的な統計量である相互相関を算出して
各ファクターが各指標の推移に対して
プラスの影響を与えるのかマイナスの影響を与えるのかを
見て行きたいと思います。
まずは分析にあたって、データの事前処理を行います。
今回分析を行う被制御変数(目的変数)である日経平均株価、
10年国債利回り、コアコアCPI、外貨準備高、円ドル為替レートと
操作変数である基準割引率及び基準貸付利率、マネタリーベースの
時系列変動のいくつかは、時間の経過に伴って
平均値が変化(上昇や下降)しています([前記事] 参照)。
これは、トレンドを持った非定常時系列と言われるものですが、
多変量自己回帰モデルを用いた時系列分析においては、
これらのトレンドを除去(フィルタリング)した定常時系列に対して
分析を行う必要があります。
トレンドの除去方法としては、差分や移動平均が挙げられますが、
経済指標の時系列の場合には、
年周期によるトレンドが存在していることが多く、
今回の分析では、これらのトレンドをもフィルタリングするために、
すべての値を前年同月比に置き換える事前処理を行いました。
その結果得られた時系列は次のグラフに示す通りです。
これらの時系列変動に対して次に相互相関分析を行います。
さて、統計分析における基本的統計量の一つに
相関(corelation)というものがあります。
この値は相関係数とも呼ばれ、
ある変数が大きくなるときに別の変数が大きくなるような関係をもつときに1
ある変数が大きくなるときに別の変数が小さくなるような関係を持つときに-1
両方の変数に関係がないときに0となるものです。
実際には完全にこのような関係が生じることはないので
その関係の強さによって-1~1の間の値を取ることになります。
多変量時系列統計分析の基本的な進め方としては、
まず各指標同士の相関性(相互相関)を求める分析をします。
分析の細かい手法の説明は省略しますが、
その結果得られたものが次の図です(クリックすると拡大します)。
この図の見方ですが、
1行目の各図は日経平均株価の値と各指標値との相関を示したものです。
各図の横軸はラグ(月)を表し、縦軸は相関を表します。
ここで、ラグが1というのは1ヵ月前のデータ、
ラグが2というのは2ヵ月前のデータを表し、
いずれの図においても過去23ヶ月にわたる値を示しています。
1行目の1番左の図は、
日経平均株価の値と過去の日経平均株価の値との相関性を表していて、
ラグが大きくなるに従って相関性が低くなっていることがわかります。
また、1行目の左から2番目の図は、
日経平均株価の値と過去の国債利回りの値との相関性を表していて
12か月前くらい(1年前くらい)のデータとは相関性がなくなり、
また増加に転じていることがわかります。
同じように、1行目の左から3番目の図は、
日経平均株価の値と過去のコアコアCPIの値との相関性を
1行目の左から4番目の図は、
日経平均株価の値と過去の外貨準備高の値との相関性を
といったように次々と時系列データ間の相関性を示しています。
さらに、2行目は国債利回りと各指標値との相関性を
3行目はコアコアCPIと各指標値との相関性を示すもので、
このすべての図をチェックすることで
時系列間に存在する相関構造を明らかにすることができます。
ここで、被制御変数である各指標について
あくまで相互相関の統計結果のみを参照して、
他の変数との間の因果のメカニズムを記載してみたいと思います。
日経平均株価
まず自己相関(日経平均株価)から見ると、
約1年くらい前の値まで相関性が持続しています。
すなわち株価は1年間くらい過去の影響を受けているということです。
次に国債利回りについては、比較的高い正の相関性があります。
ここ10年くらいの国債利回りの値の範囲内では、
長期金利の上昇は株価にとっては悪いことではないと言えます。
また、物価は株価にはほとんど影響を与えていません。
外貨準備高の上昇は株価を押し上げるのに貢献し、
約2年の時間遅れを伴って大きな影響を与えているのがわかります。
意外なのは、円安は短期的には株価押し上げ効果があるものの
約1年半の時間遅れを伴う押し下げ効果もあることがわかります。
同様に、政策金利の上昇は短期的に株価押し上げ効果があるものの
長期的には株価押し下げ効果があります。
逆に、マネタリーベースの増加は
約1年間は株価押し下げ効果がありますが、
長期的には株価押し上げに貢献していることがわかります。
10年国債利回り
近年、長期金利の指標である10年国債利回りと株価には
短期で影響を及ぼす正の相関性があります。
これは、よく言われるように、株価が高いと設備投資も増え、
長期金利も上昇するというメカニズムによるものと思われます。
物価の上昇も半年から1年の時間遅れをピークに
国債利回りを押し上げる効果があります。
外貨準備高の上昇も株価同様に短期で影響を及ぼす
国債利回りの押し上げ効果があります。
それに対して円安は約1年の時間遅れで
国債利回りを押し下げる効果が認められますが、
その相関性はぼちぼち小さい値です。
政策金利の上昇も顕著な影響を及ぼしません。
そして、マネタリーベースの増加は、1年半~2年の時間遅れで
国債利回りを押し上げる効果がります。
これらを総合すると、
金融緩和によって株価と物価を上げようとするアベノミクスは
長期金利を増加させる方向の政策であることは明らかです。
コアコアCPI
コアコアCPIは自己相関が高いことから変化しにくい量と言えます。
株価および長期利回りの上昇と円安は約半年後から物価を押し上げ、
1年~1年半後に影響のピークを迎えます。
また、意外にも金融緩和政策であるマネタリーベース自体の上昇は
物価を押し下げる効果を持っています。
なお、政策金利を上昇させること自体は物価を上昇させる効果があります。
外貨準備高
株価・長期金利・物価の上昇は
短期的に国際収支としての外貨準備高を押し上げますが、
半年から1年後に反転して押し下げ効果を発揮することになります。
逆に円安は短期的に外貨準備高を押し下げますが、
1年後に反転して外貨準備高を押し上げます。
マネタリーベースの増加は外貨準備高を押し上げ、
政策金利の上昇は外貨準備高をやや押し下げるように作用します。
円ドルレート
物価同様、為替レートは自己相関性が高く変動しにくい量であると言えます。
株価・長期金利の上昇はゆるやかに円安を誘導し、
物価の上昇はゆるやかに円高を誘導しますが、
その影響は低いと言えます。
外貨準備高とマネタリーベースの増加は、短期的に円高を誘導し、
約1年後からは反転して円安を誘導し、約2年後にピークを迎えます。
政策金利の上昇は約半年後から円高を誘導します。
以上、
マクロ経済の各指標値の推移に対して
多変量時系列分析における基本的な統計量である相互相関を算出して
各ファクターが各指標の推移に対して
プラスの影響を与えるのかマイナスの影響を与えるのかを示しました。
次は、これらのファクターがトータルに作用した結果として生じる
実際の各指標値の時系列変動のメカニズムを分析したいと思います。
以下、
アベノミクスを考えるためのマクロ経済の統計分析-3
に続きます。