カズ坊ちゃんねる
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富山県上市町:大岩そうめん

富山県上市町大岩地区にある、そうめん屋さん

この日は金龍さんに

汁まで飲んでしまう、美味い。

 

大岩山日石寺の門前にはこちらの金龍さんの他にもそうめんのお店が有り

夏には特に賑わっています。

混んでいるときは駐車場が無く遠くに停めて歩きです。

 

参道の階段

まったく上がる気が無いので写真だけ

 

 

下呂温泉:食堂民宿ラムネ屋

こちらも昨年行ってきた下呂温泉にあるラムネ屋

食堂もやっている民宿です。

しかしながら源泉かけ流しです。

 

少し早く着いたので、近くの日帰り入浴できる幸乃湯へ行ってから

チェックイン

 

 

 

奥飛騨温泉郷と似ている泉質でした。(確か?)

 

小さい湯船で定員2名って感じです、

ですからお湯が新鮮で身体がとろけそうになりました。

30分貸切交代制の為、宿で受け付けの際に入る時間を聞かれます。

到着後と寝る前と朝の3回をお願いしましたが

夜キャンセルが出たので4回入って爆睡。

そうそう、予定の時間になると部屋にお知らせに来てくれるんです。

温泉道場みたいですね。

 

布団も敷いてありコタツも有ったのですが

風呂上りは布団の上でごろ寝

身体が温まるのでコタツは不要でした。

 

奥飛騨温泉郷:栃尾温泉 宝山荘

去年の初冬に行ってきた

奥飛騨温泉郷栃尾地区にある宝山荘(ほうざんそう)

金沢に居る間にと思って行ってきました。

 

部屋の様子はこんな感じ、居心地の良い部屋です。

到着した頃から風が強く穂高ロープウェイが止まり登山者は降りて来られなくなり

宿は満員予定でしたが、私以外はキャンセル

独泉状態を超えて宿貸切りです。

 

源泉掛け流し露天風呂へも雪を踏みしめてゆく状態になりました

 

硫黄臭のあるトロリとした泉質です白濁せず透明です

何せ独リなので宿を出るまで4回程入らせていただきました

 

粟崎遊園:歴史民俗資料館 風と砂の館

石川県河北郡内灘町の 歴史民俗資料館 風と砂の館

敷地内にあるコンクリート製のゲート

粟崎遊園の本館正面にあったものです。

 

内灘町HPより借用

 

粟崎遊園は1925年(大正15年)に材木商(鉄道会社社長)の平澤嘉太郎により開業

1941年(昭和16年)軍により接収され閉園になります。

北陸の宝塚をめざして少女歌劇団を擁し開園し一時期は隆盛を博したのですが

現在当時を偲ばれるのはこのコンクリートのゲートのみです。

資料館では当時の様子が展示されています。

 

内灘町では先般の能登地震で大規模な液状化被害が有り

沈下修正工事を現在も行っております。

手取川の戦い:上杉謙信×織田信長

上杉と織田が戦ったとされる手取川古戦場跡

(石川県白山市)

地元には縁の薄い両陣営の為、石碑が建っているだけです

呉竹文庫の敷地内に建っています

 

柴田勝家を大将とする織田勢は退却する際に手取川が増水していた為

大勢の将兵を失ったとの事です。

簡単に調べてみましたが、上杉と織田が激突した訳でなく

織田が浮足立って退却の際に手取川が増水していた為

将兵や武器・弾薬・食料など失って敗走したのが実際だったようです。

 

石川県鳳珠郡能登町:イカの駅つくモール

能登町九十九湾にあるイカの駅つくモール

(地味な温泉ばかりではと思って今回はイカキング)

 

愛称:イカキング

全長13m 口から中に入れます

新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金 を使ったとの事で

税金の使い道果たしてどうなのかと物議を醸したものです。

話題になって集客も有った様なので良しとされたようですがね。

 

ちなみにわたくし以前はこんなのを造っていたんですよね

大沢山温泉:幽谷荘

新潟県南魚沼市(旧塩沢町)大沢山温泉幽谷荘

息子が六日町出身の女性と結婚してから

時々彼女の実家に伺っています、帰りには六日町周辺の温泉巡りが楽しみです。

幽谷荘はお盆前に一度来ていますが、今回二度目

 

硫黄臭は有りませんがまったりとした泉質で

ヌルヌル感が有りますが、湯上り後はさっぱり

湯船は40度くらいで源泉が低温なので沸かしていますが、かけ流しです

近隣の大沢館や里山十帖もこちらからお湯を引いているそうです

 

左の水栓を開けると加温していない源泉が出ます

湯船が熱い時は源泉を入れて調整できます

昨日も1時間ほど入っていましたが独り占めの贅沢をさせて頂きました。

 

日帰り入浴500円 女将さん耳が遠いので玄関でチャイム必須

 

 

咲花温泉:柳水園

有給休暇を取ってシルバーウイークは9連休です。

地元長岡に帰ると行く咲花温泉柳水園

 

連休中も日帰り入浴させてもらえるので有難い

 

日によって微妙に色具合が違っています

かけ流しなのですが清掃後入れたては上の写真のようなブルー

時間が経つとコバルトブルーになってゆくようです

何よりも硫黄の香りとまったりと肌に纏わりつく感じが堪りません

月岡温泉と同じような泉質ですが、日帰りかけ流しは貴重です

品の良い女将さんに会うのも楽しみです

加賀市橋立:蔵六園

橋立の街歩きの途中一服

旧酒谷長一郎住宅で現在は庭園などが公開されています

 

宅内を一通り拝見させて頂き

縁側でお茶を一服

 

 

庭を眺めながら小一時間まったりとさせて頂きました

至福の時間です

 

途中こちらのお宅のお嬢さんが現れて

変な爺さんが気になるらしくちょっとお話し。

楽しませてもらいました。

 

石川県加賀市橋立:日本一の富豪村

日本一の富豪の村が有ると聞いて

加賀市の橋立町に行ってきました。

北前船の船主や船頭が多く住んでいた町です。

 

蔵や塀の基礎には

福井県で産出する笏谷石(しゃくだにいし)が使われています。

大谷石かと思いましたがよくみると、きめが細かく青みがあります。

当然北前船で運ばれたものですが、

航海の際には船のバランスを保つバラストとしても使われていたそうです。

 

北前船の里資料館(旧酒谷長兵衛家住宅)

 

資料館の中をゆっくり見せて頂きました。

おかげで北前船の知識を教えて頂きました。

こちらの方々は大阪に冬は船を預けて春になると大阪まで歩いてゆき

そこから船に乗り瀬戸内海経由で日本海に出て北上、北海道まで行きます。

帰りは日本海を南下、冬までには大阪に戻り、歩いて加賀まで帰り

温泉で湯治して、春にはまた大阪に向かう生活だったようです。

 

特徴的な点は、船荷の運搬賃で利潤を上げるのではなく

運んだの荷物をそれぞれの寄港地で商いして利益を上げる点です。

船頭は船主から船荷の3割程度を自由に商いすることが許され

賃金よりもそちらの収入が多かったようです。

他の船員は船主の利益から決まった割合での収入でしたので

船頭の監視役として機能していたようです。

 

北前船が盛んだったのは江戸後期から明治30年代まで

鉄道輸送に置き換わり町は静かになってしまいました。

 

 

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