11月23日に栃木県大田原市で開催された大田原マラソンに参加してきました。

今回初めて参加するレースになります。

 

備忘録的にレース当日の展開と振り返りを綴ります。

 

結果からお話しすると、マラソンで初めてのDNFでした。

(トライアスロン含めるとフルの大会は過去に5回くらい完走)

想定より遥かに早いタイミングの25キロ付近で失速、37キロ地点での関門で打ち切りに。

4時間という制限時間があったとはいえ、完走を狙っていただけに悔しいです。

 

練習もしっかりして、レース当日に向けてテーパーや栄養面でも準備もしてきたにも拘わらず、想像以上に早く脚にきて、走れなくなりました。

37キロ地点の関門で打ち切りになりましたが、例えここをクリアしていても、残りの5キロを制限時間内に走り切ることは無理だったと思います。

 

これまで、トライアスロン含め、うまく行く時とそうでない時と、準備とレース結果に大体因果関係がはっきりしていて納得いくものでしたが、今回はなぜうまく行かなかったのか腑に落ちない部分があったので振り返りをしてみたいと思います。

 

まずは当日のレース展開になります。

 

■スタート~10キロ

スタートの合図と共にほぼ最後尾の集団で走りはじめる。

さすが全員最低サブ4狙いということあって、前が詰まってペースが上がらないということはない。(キロ5`30ちょい)

体も軽く、感覚は悪くない。

 

しかし、スタート1キロ地点くらいでガーミンを見ると、心拍が160を超えてる。通常より20bpm近く高い。でも、体感は全く苦しくなく、通常と変わらない。その為、時計の心拍系の調子が悪いのかと思う。(最近数値が不安定に出ることが多い)

 

最初の約7キロはフラット。ウォームアップ感覚でリラックスして淡々と進む。

 

7キロ以降は傾斜1%と言われる下り。体感としては全く下っている感覚がない。ずっと「いつから下るんだ?」という思いで走る。

 

■10キロ~25キロ

10キロ、15キロと引き続き淡々と自動運転のように走る。調子は良く、予定通りという感じ。

 

20キロに差し掛かる辺りで少し左ふくらはぎに違和感を感じ始める。そして、ピクつき始め徐々に攣る傾向が表れる。

23キロ地点でキロ5`44と明らかにペースが落ちる。ここでふくらはぎが攣って、既に「頑張って」走っていた。

マラソンでふくらはぎが攣るのはこれが初めて。

 

ちなみに、ちょうどこのくらい以降のエイドステーションでの飲み物が無くなる。

厳密に言うと、飲み物はあるが紙コップの在庫が尽きていた。恐らく、季節外れの暑さで前を走っていたランナーが給水し、想定以上のペースでコップを消費したのだろう。サブ4をぎりで狙うランナー達に残されたコップはなかった。

私は自分のボトルを持っていたので、最小限の影響で済んだけど、そうでないランナーはきつかったと思う。

実際、給水できずに脱水で救護されている人もいた。

 

エイドでは地元中学校の生徒さん達がボランティアをしていた。(各エイドに「XX中学校」と学校名が書かれた看板が立っていた)

生徒さん達はコップが無いことに、「コップがありません、ごめんなさい!」と全力で謝っている。もちろん、生徒さんは何も悪いことはしてない。

大人が何か指示した様子もないので、きっと生徒さん達自身で考えたんだろう。空になったペットボトルを再利用してコップ替わりにしたり、手に直接水を汲んでくれたりと与えられた環境で最大限の工夫と努力でランナーを支えてくれていた。

その頑張る生徒さんの姿に感謝と感動しかなかった。

 

■25キロ~30キロ

25キロ地点で大分脚に疲労を感じるようになる。ふくらはぎだけでなく、太もも前部も攣り始める。

正直、タイミングが早すぎる…

電解質を取り、30キロで摂取を予定していたカフェインも前倒しして、このタイミングで摂る。

ゴール前でカフェインが切れたら…と思ったが、残り2つある関門(26キロ地点、37キロ地点)を突破できなければそもそも可能性はない。そう考えると選択の余地はなかった。

 

26キロ地点の関門数百メートル手前で「打ち切りまで、残り3分30秒!」と聞こえた。

まだ余力がありそうなランナーが関門で次々とリタイアしていく姿が目に入る。次の関門までは持たないと判断したのだろう。

間に合ったが、「自分もここでリタイアするか?」という思いが一瞬頭をよぎる。

 

「完走は厳しいかもしれない、けど、やれるだけやろう。」そう自分に言い聞かせて足を進める。

もう、脚だけでなく全身が攣っている。ペースもがた落ち、キロ6分を超え始める。

効率のいい姿勢なんてあったもんじゃない。攣ってガチガチになった体を前に進めているのはもはや気力だけ。

ロングのトライアスロンのランパートでもこんなに体が動かなくなったことはなかった。

 

■30キロ~終焉

そして30キロ過ぎ、遂に足が止まる。

ストレッチして体をほぐす。背伸びをしたり、少し歩いたりして気持ちを切り替える。それでも、一歩走り出すと攣る。

本来であれば、上りが一番きつくなる35キロ地点が勝負所だと思っていた。

そこまで、体力を温存しているはずだった。

 

スタミナも、気持ちもまだ残っている、けど体はもう言うことを聞かない。

これまでのトータル平均ペースが5`20台から`30台、`40台と徐々に上がっていく。

限界を超えた体で走っては歩き、走っては歩きを繰り返す。

周りには同じく力尽きようとしているランナーが沢山。皆、歩き、走りを繰り返している。

 

35キロ辺りでついに走ることができなくなった。左脚を引きずりながら歩く。

次の関門まで約2㎞。ガーミンで時刻を確認する。

打ち切りまで残された時間…10分。

 

「終わった…」

 

この体の状態でキロ5分で関門を突破する事は奇跡が起きてもあり得ない。

それは体も頭もこれまでのレース経験で体験的に理解していた。

 

冷静に今回の挑戦の終わりを受け止めた。

後は関門で待機する回収バスを目指して歩くのみ。

途中、関門時間を過ぎたことをスピーカーで告げるパトカーが現れる。

「只今、関門時間を過ぎています。この道路の交通規制は解除されるので、ランナーの方は歩道に上がってください。」

 

…切ない。悔しい。

きっと、周りを歩いていた力尽きたランナーの多くも同じように思っていただろう。

 

この時、正直悔しいという感情よりも「なぜ?」という気持ちが強かった。

練習もしっかり積んで、コンディションも整えて迎えたレース。それなのに、練習で出来ていたレベルのパフォーマンスを全くと言っていいほど発揮できなかった。

練習不足でパフォーマンスを発揮できなかったレースはいくつもあるけど、今回のような見事な撃沈っぷりは初めて。

 

「打ち切り」の看板が立てられた関門に到着し、ボランティアの方にウェアにつけたゼッケンを無惨にも切り取られる。そしてジュースを渡される。

バスに乗り込み、最後尾の打ち切りランナーの到着を待って出発。

 

スタート地点へ戻るバスの中で、車窓に移る大田原の田園風景を眺めながらふと思う。

 

「あの関門を越えて、後この5キロを走り切ればゴールだったんだな。」

 

たった5キロ、けどボロボロになって辿り着いた37キロからの5キロはとてつもなく遠く感じた。

これを制限時間内に走り切った人達は凄い、と素直に思った。そして、もう一歩と感じていたサブ4という目標がまた少し遠ざかった感じがして、悔しさがじわっと込み上げてきた。

それでも、それがまた次への挑戦として続けたくなるスポーツの醍醐味なのかな、と考えながら会場に到着。

 

 

 

…とここまでがレース展開になります。

バスで会場に到着した後は、軽食、参加賞を受け取り、参加者に配られていたお味噌汁を頂きました。

これが疲れた体に沁みてめちゃめちゃ美味しかった!

 

一緒に参加した友人(大先輩)と合流し、帰路につきました。

(打ち上げにビール飲みたかったけど、疲労度合から多分飲んだらぶっ倒れると思ったので我慢!)

 

次回は失敗の原因について考察してみたいと思います。