時折
特別支援学校に通う
子供を手に掛けた
そんなニュースを見る
そこに報道されていた母親は
過去の私だったかもしれないし
未来の私かもしれない。
この娘が健常だったらと
思わない日なんてない。
だけど
そればかり考えていては
また鬱に逆戻りしそう。
今、生きていることは
幸せなのだと
自分を洗脳しながら
生活していく。
いつかこの洗脳が本心に
なる時が来るように。
来年度から市のPTは、
利用者増加という理由で
娘は受けられなくなる。
本来なら身体状況によるが
18歳までは受けられるはず
だった。
18歳になれば今度は
18歳の壁というのが
あるらしい。
学校を卒業し、
放デイも終わる。
どんどん助けてくれる人が
減って
居場所が無くなって
私たちはどうなるんだろう。
先を考えたら不安になる。
将来の事を考えないと
いけないのに、怖くて
まだ真剣に考えられない。
そしてその18歳まで
あと10年。
娘は8歳に
なりました。
小2になってから
自助皿を持って学校に
行っています。
大学病院の摂食嚥下外来を続けながら
学校やデイでは自分で食べる練習中。
小1から手続きをしていた
車椅子もやっと納品され
座位保持椅子は
サイズアップ。
1歳代から使っていて
沢山の思い出が詰まった
座位保持椅子は
お世話になった保育園で
使ってもらうことに。
久しぶりに園長先生と
主任先生にお会いし
最近の保育園のことや
娘がいた頃のことなどを
話しました。
当時の担任の先生は
泣いたり怒ったり
時には娘とふたりで倒れこみ
ながら、保育をしていたと
笑い話にして教えてください
ました。
きっと
この娘はこのままでは将来
大変なことになると
母親に近い感情を持って
体当たりで保育して
くださったのだろうと
感謝の気持でいっぱいです。
頑固で激しい性格なので
本当に大変だったと思います。
それなのに
担任の先生も園長先生も
私に対して
苦しくなるような言葉は
一度も言いませんでした。
いつでも前向きな言葉と
前向きな提案で私たちを
支えてくださっていました。
この保育園があったから
娘と私は8年間
ニュースにならずに
やってこれたんだろうと
今でも思っています。
もちろん
ブログのコメントや周囲に
助けてくださった方々がいた
事も忘れられません。
これらの環境に助けられて
きたからこそ
支援が少なくなっていく
将来は不安でもあるのです。
娘の居場所は
少しでも多い方がいい。
そんなことを考えています。


