この映画は1995年に日本で公開されている。私はその時この映画を鑑賞した。幻想的で絵画のような美しい絵作りに大変感動したことを覚えている。そして故郷アルメニアを離れて西ドイツで生活しないといけなかった一人の男の故郷へのノスタルジーに大いに感銘を受けた。

 

映画の公開後、VHSがリリースされたのだがCSやBSでのテレビ放送はなかったように思う。数年前にできた吉祥寺の映画館にアヴェティックのポスターが貼ってある。そのポスターを見た際にあの美しい情景が思い浮かんで何とかもう一度見たいという強い思いが沸き起こった。しかしDVDやブルーレイはリリースされておらず、配信もされていないようなので途方に暮れていたのだが海外のYouTubeチャンネルで全編がアップロードされている事を幸いにも見つけた。それで幸運にも二十数年ぶりに再びこの映画と巡り合うことが出来た。

アヴェティックはアルメニア出身の映画監督ドン・アスカリアンの1992年の作品だ。彼は1949年にソ連領のアルメニアで生まれ、1978年に西ドイツへと亡命している。亡命後、熊、コミタスなどを発表してアヴェティックは彼にとっては4作目の作品に当たる。映画の内容はドイツに亡命したアルメニア人映画監督が主人公で現在の彼とアルメニアで過ごした幼少時代の彼を描いたノスタルジックな作品である。

 

映画の最初の方で幼少期の彼が黒澤明の羅生門のフィルムの切れ端で遊ぶ場面がある。三船敏郎や京マチ子の顔が画面に映し出される。白塗りの京マチ子の姿は幼い彼にとって怪しげな存在に感じられたのであろうか。またポスターにもなっている上半身裸の少女に蜂蜜をたらすシーンがある。聖書に関連した本のページがめくれるのでキリスト教、恐らく正教会に関連した話に基づくエピソードなのかもしれない。

現代のドイツに居住する彼の元へ古代アルメニアの王様が訪れる場面もある。彼は王に向かってアルメニア人はどうしてこのような不幸な運命のもとで生きなければならないのかという疑問を投げかける場面がある。この映画での重要な場面であるのは間違いないのだろうが、正直に言ってアルメニアのことを知らない私には同情することはできても彼が言う運命というものが深く理解はできなかった。アルメニアは古代は独立国であったが、早い時期にササン朝ペルシャに占領され、その後セルジュク朝、モンゴル、オスマン帝国などの支配下に置かれ、ロシア領からソヴィエト領へと変遷し、ベルリンの壁崩壊から始まったソヴィエト崩壊によって十数世紀ぶりに独立に至った国である。長期間にわたり他民族に支配されてきた国であり民族であるようだ。監督のアスカリアンもアルメニアの独立によって晴れて帰国が可能となりこの映画もアルメニアで撮影されている。

私にとってこの映画の見どころとは彼が描く故郷アルメニアの心象風景である。まるで絵画のように美しい情景が描かれている。そしてその情景とは見る者に異世界を旅しているように思わせる彼の心の中のファンタジーの世界だ。アルメニアの荒涼とした丘の上に裸の女性がアーチ形にブリッジをしている場面など、その映像美に圧倒されてしまう。

YouTubeの画質はあまりよくないので出来ればブルーレイ化か、きれいな画質で配信して欲しい作品だ。

 

興味のある方はAVETIK Don Askarianで検索をかけると全編がアップロードされたYouTubeが見つかるはずだ。ただし言語はドイツ語で英語のサブタイトルだ。台詞が少ないのでそんなに苦労はしないはずだ。

ソ連の解体以降多くの独立国が誕生したが私たちはそれらの国々の殆どを知らないのではないだろうか。