アメリカ合衆国の状況はどうであったろうか。ウォータゲート事件に伴い辞任したニクソン大統領を引き継ぎ副大統領から昇格したフォード大統領であったがニクソンショックの後遺症から逃れることはできずに77年の大統領選で民主党のジミー・カーターに大統領の座を明け渡すことになる。当初はクリーンさと人権重視の大統領ということでアメリカ国内のみならず日本でも人気の高かった大統領であったがアメリカの傀儡的政権であったイランのパーレビー国王が79年1月に国外退去しイスラム原理主義指導者であるホメイニ師のもとにイスラム共和国が樹立されるというイラン革命の勃発、ソ連のアフガニスタン侵攻を見過ごしたことおよび79年11月に起きたイランでのアメリカ大使館人質事件の解決を速やかにできなかったことなどが重なり80年の大統領選で共和党候補ロナルド・レーガンに敗れることとなった。アメリカでは優柔不断の大統領と烙印を押されたカーターであったがその人権派ゆえか日本では人気の高かった大統領でありレーガン就任当初は俳優出身の大統領に対して懐疑的な見方が日本では多かった。

レーガンはスタフグレーションに陥っていたアメリカ経済をその経済政策(レーガノミクス)により立ち直らせた大統領として知られる。それは徹底した規制緩和と減税および強いアメリカを演出する防衛費の拡大により実現された。防衛費の拡大はSDI(戦略防衛構想)による早期警戒衛星を用いたミサイル防衛システムの構想、いわゆるスターウォーズ計画を生み出しソ連崩壊へと導いた成果も生み出すことになるがその政府支出の拡大により企業減税の効果も含めてアメリカ市場は83年には景気回復することになる。高金利(一時20%にも達した=民間投資の減少)による海外からの資金流入とドル高容認での輸入拡大でアメリカ市場はインフレを抑えることに成功するが財政赤字の拡大を及ぼすことにもなった。インフレ抑制に伴い高金利政策が緩和されると海外からの資金流出によるドル市場の不安定さから協調介入を認めるプラザ合意がG5蔵相会議で合意されドル市場は一挙に円高ドル安に向かうことになる。これはアメリカの貿易赤字削減のために日本と西ドイツが協力したと一般的にとらえられている。

プラザ合意による円高と公共投資の拡大および金利引き下げ政策により日本では株式と土地投資へ資金が集まりバブル景気を生み出すことになる。またバブル景気と円高ドル安を背景に87年には安田火災海上がゴッホのヒマワリを当時史上最高額で入札し、87年には三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを買収、同じく87年にはソニーがコロンビア映画を90年には松下電器がユニバーサル映画をそれぞれ買収したがアメリカ国民の反感を大いに買うこととなりジャパン・バッシングへとつながることになった。また92年には任天堂がメジャーリーグのシアトル・マリナーズのオーナーになったが日本人選手の活躍もあってかシアトル住民には好意的に受け入れられた事例もあった。またこの間日本の製造業は円高のためアメリカを含め海外進出が進む結果となりその後の産業空洞化を生み出すことになる。アメリカ国内では景気回復はするものの上述のように日本経済により打ちのめされる。自動車ビッグ3は日本車に市場を奪われることになる。またレーガンとイギリスの首相であったマーガレット・サッチャーによりもたらされた新自由主義によりITTやTRWなどの古き良き時代を象徴した製造業は解体され分割されて企業買収の対象となるにいたった。80年代はアメリカ製造業にとっては受難の時代であった。

その間アメリカでは新しい産業が始動し始めている。84年にはアップルコンピュータがマッキントッシュを販売開始し、85年にはマイクロソフトがWindowsをリリースした。半導体の産業で世界をリードしていた日本でもTRON計画が85年より始動し産業機器にはTRONのOSがくみこまれたがPC向けのBTRONは仕様書が発表されただけでPC向けOSとしては普及することはなかった。WindowsよりもMMIにおいて優れているとTRONであったが普及しなかったのはレーガン政権による圧力があったとも言われている。また当時アメリカではコーヒーはアメリカンコーヒーという薄いコーヒーをグラスの縁までなみなみと注ぐアメリカン・スタイルのコーヒーが主流であったのだがその常識を覆したのがシアトル系コーヒーであり、87年にはスターバックスがイタリア式コーヒーを全米展開し話題を集め後に日本や世界中に市場を形成して行くことになる。

アメリカの強みとしては次世代の産業を創出し市場を形成していく力が民にも官にもあるということが挙げられる。日本には技術やアイデアはあってもそれを商品化するまでには組織や既得権益もしくは官により妨害され潰されるのが常だ。中韓にはそもそも新しい技術を生み出す力がない。ヨーロッパは技術はあるのだが経済力という点で後れを取っている。という状況の中で90年以降のアメリカの躍進が始まることとなる。