中央線~とりとめもない話~ | ごんたのつれづれ旅日記

ごんたのつれづれ旅日記

このブログへようこそお出で下さいました。
バスや鉄道を主体にした紀行を『のりもの風土記』として地域別、年代別にまとめ始めています。
話の脱線も多いのですが、乗り物の脱線・脱輪ではないので御容赦いただきまして、御一緒に紙上旅行に出かけませんか。

ある平日の朝のことである。
いつものように、バスで中央・総武線各駅停車(いわゆる黄色い電車である)の駅前に降り、小走りに改札を通り抜けた。

朝の7時を回ったばかりである。
まだ、本格的なラッシュが始まってない時間だ。
電車も5分間隔と、まだ間があいている。
バスの走り方によっては、乗りたい電車にぎりぎり間に合うか、次の電車まで5分近く待つか、というタイミングになるのが常だった。
そのバスが始発だから、それ以上早くはならない。
30分早起きすれば、歩けない距離ではない。
しかし、どうしてもバスに乗ってしまう。
朝御飯を作ってくれる妻にまで、早起きを強いたくはないのだ、と、取り敢えず言い訳は成立する。

朝の5分とは、意外に長く感じるものである。
しかも、電車は、後の時間になるほど混んでくる。
途中、新宿という日本最大のターミナルを通ることもあり、新宿での乗り降りの激しさは、乗りたい電車と、1本後の電車では、全然違うのである。


その日は、乗りたい電車に何とか間に合いそうなタイミングだった。
高架ホームに駆け上がった僕は、嫌な予感がした。
いつもより、電車を待つ人の数が多い。
何が起きてるかは、一目瞭然だった。

『──引き続き、御案内申し上げます。新小岩駅におきまして、電車に異常音が聞かれましたため、確認作業を行っている関係で、中央・総武線は、現在大幅に遅れております……』

またか、と思う。

中央・総武線を使って通勤するようになって4年になる。
引っ越す前は、京浜東北線と山手線を使っていた。
中央線のダイヤが乱れる度合いは、他に比べて遥かに多い印象がある。
人身事故の頻度が高い、と言う噂は、今や広く知れ渡っている。
目の前を悠然と走り去る、オレンジ色の中央線快速が、恨めしい。

『御案内申し上げます。三鷹方面の電車は、現在、四ッ谷駅まで来ておりますが、大変遅れる見通しです。三鷹方面にお急ぎの方は、いったん新宿へ行かれまして、中央線快速電車にお乗り換えいただきますよう、お願い申し上げます』

チェッと舌打ちして、ホームの反対側に移動する人々も少なくなかった。
僕が乗る上り電車は10分くらい遅れて来た。

中央・総武線各駅停車の駅が最寄りの僕の職場は、朝の朝礼の人数が半分以下だった。
僕が利用したあと、ダイヤの乱れが、更にひどくなったらしい。

「電車、また止まってるらしいですよ」
「また?」

このような光景や会話は、決して珍しくないから、みんな諦め顔である。

人身事故が多い中央線──

以前は、噂や都市伝説の類いかと思っていた。
向き合いたくない話題だけれど、気になって調べてみた。
平成20年度の調査である。
全国の駅で381人が死亡、うち自殺が355件で、ほぼ毎日1人ずつが駅での自殺を選んだ計算となるという。
ホームからの転落事故は1割未満である。
だから、JRはホームに防護柵を作ろうとしなかったのか。
最近は、ようやく重い腰を上げたようであるが。
首都圏38の路線別に集計したところ、死亡者数トップは、JR中央線の21人。
うち20人が自殺となっており、「中央線は自殺が多い」という噂をそのまま裏付けている。
東京と高尾を結ぶ32駅のうち、15駅で死亡者が出ており、とくに高円寺から豊田の間に集中しているらしい。
この区間には15駅あるが、三鷹、武蔵小金井、日野の3駅を除く12駅で計16人が亡くなっていると言う。
ちなみに、死亡人身事故発生件数のワースト10は、JR中央線(自殺20件)、JR京浜東北線(17件)、JR山手線(12件)、東武東上線(10件)、JR宇都宮線(東北線)、JR東海道線、西武池袋線、小田急小田原線、JR横須賀線、東急田園都市線、JR総武線、だそうだ。

平均すれば、中央線では、およそ2週間に1件、自殺が起きていることになる。
確かにそれくらいかも、と言う頻度である。
総件数ならば、中央線と京浜東北線は年間3件しか違わないのだが。

死に往く人の心理は、近寄りがたい。
僕らには到底推し量れない、深淵な闇があるのだと思う。
でも、どうして中央線が多いのか?
中央線のイメージは、そんなに悪いと思っていない。
平成30年を目処に、中央線快速にグリーン車が連結されることになったが、今まで連結されていなかったことに初めて気づいて驚いたくらいである。
秋葉原から御茶ノ水に至る、高架橋から神田川沿いの街並みを見下ろすと、なんとなくホッとする。
飯田橋から四ッ谷までの、皇居をぐるりと回り込む外堀沿いや、神宮外苑の緑多き車窓なども、僕は大好きなのである。
この区間で、人身事故は、あまり起きていないらしい。

旧甲州街道筋の宿場町から建設を反対されて、何もない武蔵野の原野に、設計技師がヤケクソで一直線に線路を敷いてしまった、と言われる、中野以西の郊外区間が、人身事故が多発しているようだ。
街道沿いの建設反対、ヤケクソ云々は、あくまで根拠のない言い伝えらしい、と言う説も出てきている。
実際に走ってみれば、細かいカーブがたくさんあるのだ。

ある社会学者は、中央線を、以下のように分析している。

『東京と八王子市の高尾を結ぶJR中央線は、その起点と終点がいずれも天皇に深く関わる場所であることに注意する必要がある』
『東京駅は本来、天皇が地方訪問の際に利用する玄関駅として、大正3年に開業した』
『一方、高尾駅は、大正天皇の陵である多摩陵が昭和2年に出来て以降、この陵の最寄り駅となる。(中略)そして昭和天皇の陵である武蔵野陵も、多摩陵のすぐ近くに造られた』
『つまり、東京が天皇の「生」を象徴する駅であるとすれば、高尾は天皇の「死」を象徴する駅であったのである』
『すなわち復古神道的に解釈するならば、東京と高尾を結ぶJR中央線は、天皇にとっての「顕明界」の中心と「幽冥界」の中心を結んでいるわけである』
『こう考えると、想念がとりとめもなく湧いてくる。
例えば、中央線ではなぜ他のJRや私鉄と比べて、飛び込み自殺が異様なほど多いのか。
それは中央線という鉄道そのものが、昭和以降に帯びるようになる特別の性格に由来しているのではないか。
あのオレンジ色の車体に誘われ、霊魂が「幽冥界」へと運ばれることを夢想したとしても、あながち妄想とは言い切れまい』(原武史「鉄道ひとつばなし」)

いや、さすがに、それは妄想ですよね?──

とツッコミながら、何となくおどろおどろしい不気味な感じがしたのも、確かである。

こういう中央線の暗い話題から、なぜか、いつも僕が連想してしまうのは、1つの歌である。
THE BOOMの『中央線』だ。

君の家のほうに流れ星が落ちた
僕は歯磨きやめて電車に飛び乗る
今頃君は流れ星くだいて
湯舟に浮かべて僕を待ってる
走り出せ 中央線
夜を越え 僕を乗せて

逃げ出した猫を探しに出たまま
もう二度と君は帰ってこなかった
今頃君はどこか居心地のいい
街を見つけて猫と暮らしてるんだね
走り出せ 中央線
夜を越え 僕を乗せて──

不思議な感覚に引き込まれる歌詞だけではなく、陰鬱で物悲しげな曲調。
それでいて、非現実的で奇妙な透明感が漂う。
この詞やメロディーがぴったり、と言う心境になったことがないし、何回も聴くのは勘弁、と思ってしまうけど、なぜか記憶にこびり付いて離れない。
生と死の距離感に似た感覚のような気がするのだ。
どうして、この歌が、中央線と名付けられたのだろう。
たまたま、失恋した作詞家が住んでいたのが、中央線沿線だっただけなのだろうか。
暗い恋を歌った歌ならば、「私鉄沿線」や「池上線」の方が、ずっと共感できる。

中央線だけでなく、どの鉄道も、様々な人生や想いを乗せて走っている。
人間とは、思っている以上に、生と死の境が近くて曖昧なのかもしれない。

朝の中央・総武線各駅停車の駅に、不意に訪れた空白の時間は、時が止まったような静けさが支配していた。

電車の異常音?──

新小岩?──

案内放送で耳にしたのは、嫌な出来事を想起してしまう単語ばかりだった。
しかし、ホームにいる人々は無表情だ。
もしかしたら、目の前の線路が繋がっている場所で、1つの生命が失われたかもしれない。
それでいて、その生命や人生に思いを馳せる人は、おそらく、いない。
その余裕もない。
自分が遅刻するかもしれず、朝の計画や日常が崩れることへの、焦りや苛立ちはあるだろう。
僕も例外ではない。
他の人間の生き死にに、知らず知らず鈍感になってしまった街と自分のこと。
世界有数の人口密度を誇るこの街で、他の人生と複雑に絡み合い、関係を持つ機会が無数にありながらも、いつしか自己中心的になっていることに気づいて、ちょっぴり愕然とした朝であった。

暗くなり過ぎたから、中央線を舞台にした別の歌を無理矢理思い浮かべて、心を奮い立たせるとしよう。

土曜日の中央線
昨日までのあの憂鬱なラッシュが
ウソのよう
流れてく景色は同じなのに
晴れた空がほほえみを探してる

あなたを待つことが
とてもうれしくて
早目に着いた 大きな時計の下で

会いたくて 会いたくて あなたに
素直な自分で
いつも いられないけど
きこえるよ きこえるよ たしかに
言葉にできない HeartBeat
空を 越えるよ  Lover Soul

人混みの中 すこし背伸びして
私を見つけ 手を振る笑顔が見えた

会いたくて 会いたくて あなたに
いつも笑顔だけ
見せてあげられないけど
会いたくて 会いたくて あなたに
素直な自分で
いつも いられないけど
きこえるよ きこえるよ たしかに
言葉にできない HeartBeat
空を 越えるよ Lover Soul

LINDBERGの「会いたくて ~Lover Soul~」は、元気を出したい時にぴったりの、僕にとっては救いのような曲なのである。

ちなみに、異常音は、小動物が電車にぶつかったから、とのことだった。

     †ごんたのつれづれ旅日記†-IMG_7692-3.jpg