BBC NEWS JAPANの伝えるところによると、

米国や欧州連合(EU)加盟国が26日、相次いでロシア外交官の国外追放を発表した。今月4日に英南西部ソールズベリーでロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏(66)と娘のユリアさん(33)にロシア製の神経剤が使われたとされる殺人未遂事件に関して、英国が駐英ロシア外交官23人を追放したことに追随するもの。これまでに20カ国以上が国外追放を表明し、対象者は100人超に上っている。

 

BBC NEWS JAPAN

ロシア外交官の追放だけでなく、米国は、シアトルのロシア領事館を閉鎖するようだ。

シアトルの領事館閉鎖はこうした懸念を如実に表している。シアトル近郊には、潜水艦基地やボーイングの本社があるためだ。

外交的な報復措置は免れないだろう。米国の対応が発表された直後、ロシア大使館はツイッターでウラジオストク、エカテリンブルク、サンクトペテルブルクの在露米国領事館のうちどれを閉鎖すべきかアンケートを取っている。

ロシア大使館のTwitterでのアンケートは、対抗措置としてはなにやら陳腐な印象だけれどね。記者のセンスが問われるな。

 

 

 

スパイ疑惑のある外交官を本国へ送還する措置は特段珍しくもないだろう。けれど、この報道のように広く大規模で行われ、領事館閉鎖まで含まれるのは、戦争前のようでもある。スパイ活動が活発になるのはもちろんだが、その挙句の外交官の大量送還や領事館の閉鎖は、確実にエスカレートしている。最初は英国がロシア外交官23名を国外追放したことだったが、EUと米国が追随した。

 

その前哨戦で、英国はロシアへの核攻撃に触れている。Newsweekは「イギリスのファロン国防相が「核兵器の先制使用も選択肢」とロシアを威嚇。ロシア側はイギリスを「地上から抹殺する」と応酬するなど、ヨーロッパでも緊張が高まっている」と、2017年4月26日、伝えている。

 

 

 

 

「春秋に義戦なし」…、互いの陣営のうちどちらかが一方の核心的利権の弱点を握ったか、握りそうになっていると見える。クリミア問題の制裁が解けないうちから、シリアのアサド政権を活発に支援するロシア。生物・化学兵器利用。トランプ政権のロシア癒着や大統領選への干渉の疑惑。サイバー攻撃。そして英国でのスパイ殺害未遂事件…どれもロシア悪者説が喧しいけれど、西側メディアのキャンペーンの可能性も否定はできない。シリアで盛んに子供の犠牲者の話が出るのは、第一次大戦の時もそうだったし(ドイツ人はベルギー人の少年たちの手を切り落としたというデマ)、湾岸戦争もそうだった(ナイラ証言)。だからと言って、ロシアの歴史的な"Fact"としての悪虐非道な外交政策や戦争犯罪行為を忘れているわけではない。グローバリゼーションの中での利権争いの中で、「義」はまだら模様か、「大義なき利益闘争」で、アンチ・ロシアとロシアのどちらがどうと言う話ではないだろう。無論、リアリズムとしてどちらの「長いもの」がマシかという議論はあるけれど。

 

で、その「核心的利権」だけれども、ソヴィエト時代のデタント以降ロシアから欧州へパイプラインで供給されてきた天然ガスに絡んでいるようだ。ロシアの天然ガスはEU域内で消費されるうちの34%にのぼる(Sankei Biz 2017年3月22日)。特に、「ノルド・ストリーム」(Nord Stream)というロシア本土からバルト海の海底を伝ってドイツ本土に直結し、欧州へ供給される天然ガスのパイプラインが問題となっていて、このパイプラインの新設「Nord Stream 2」をめぐる争いが摩擦激化の要因の一つ(あるいはすべて)のようだ。このNord Stream 2で現在の230〜550億m^2から1100億m^2に供給量が引き上げられる。

 

欧州全体に行き渡るロシアの天然ガスパイプラインの資料があるので見て欲しい。

 

米国による追加対露制裁と ノルド・ストリーム2への影響

独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構

(Japan Oil, Gas and Metals National Corporation、略称:JOGMEC)

 

端的に言えば、「米英石油メジャー vs ロシア国営石油産業」の対立がこの摩擦の背景の基軸となろう。

 

上記の図の出典元のJOGMECの分析レポートには次のようなことが書かれている(とても興味深いレポートなので一読をお勧めします)。ロシアの天然ガスの拡大に賛成するEU各国の議員たちは、『Nord Stream 2 への参加者は「ロシアとの交渉においては政治的動機よりも経済的な現実が 優先されるべき』との立場」を示し、さらに次のような過激な発言が飛び出している。

Nord Stream 2 への参加を考えていた欧州各国の首脳 からは、「露・イラン・北朝鮮制裁法」案が上院を通過し た 6 月時点では、以下のような厳しい反応が見られた。

 

 ・ドイツの Gabriel外相とオーストリアのKern首相(当時):「欧州の市場からロシア産ガスを締め出して、米国産LNGを輸出し、米産業の雇用を確保することが この法案の狙いだ。対露制裁を米国の経済的利益と結び付けるべきではない。Nord Stream 2 計画には欧州 の産業の競争力と、何千人もの雇用がかかっている。誰がどのように欧州にエネルギーを供給するかは米国ではなく、われわれが市場経済の競争原理に基づいて決めることだ」

 

・GazpromのMedvedev副CEO:「これは米国のLNG を欧州に輸出するための方策に過ぎない」

 

欧州は、移民問題だけでなくエネルギー政策でも分断されつつあることがわかる。

 

・ポーランドのアンジェイ・ドゥダ(Duda)大統領(2015年9月7日):「このプロジェクトはポーランドの利益を完全に無視しており、EUの結束に重大な疑念が生じている」

 

・ウクライナのヤツェニュク(Yatsenyuk)首相(同年9月9日、ポーランド・スロバキアを訪問して):「これは反欧州、反ウクライナ的なプロジェクトであり、 ウクライナの年間約20 億ドルのトランジット収入に 損失をもたらす容認しがたい不公平な措置で、欧州委員会(EC)が阻止することを期待する」

 

・スロバキアのフィツォ(Fico)首相(同年9月10日): 「Nord Stream 2 に署名した西欧ガス企業はヨーロッ パ諸国を裏切った。EU 諸国にとってのウクライナ経由のトランジット維持の必要性を、われわれは主張してきたが、突然ウクライナう回を可能にする Nord Stream 2 が合意された。スロバキアは年間数億ユーロのトランジット料金を失う可能性がある」

Nord Stream以外のパイプラインは、旧東欧諸国を経由していて、Nord Stream 2による供給量の増加は、老朽化したそれらのパイプラインの廃棄・縮小を意味し、それまで「通過料(トランジット料金)」を取っていたこれらの国々も利権を失うため、今回の外交官追放国に名前を連ねている。

  • フランス、ドイツ、ポーランド(各4人)、チェコ、リトアニア(各3人)、デンマーク、オランダ、イタリア、スペイン(各2人)、エストニア、クロアチア、フィンランド、ハンガリー、ラトビア、ルーマニア、スウェーデン(各1人)
  • ウクライナ:13人(他)
  • カナダ:4人を追放したほか、3人の新規受け入れを拒否
  • アルバニア、オーストラリア:各2人
  • ノルウェー、マケドニア:各1人

BBC NEWS JAPAN

なんだドイツも入っているじゃないか、と思うけれども東独出身のメルケル首相は今回、様々な勢力に相当揺さぶられた(あの政策なら当然だけれど)。英国の23人に比べれば「お付き合い」程度の話である。

 

さて、こうなってくると悪の帝国ロシアによる欧州分断と市場支配の拡大を防ごうとする英米とその仲間たち、という単純な構造ではない。むしろDivide & Rule(分割して統治せよ)は歴史的に英国の必殺技である。いま2つの勢力が欧州の分断と市場支配を巡って争っている、というのが実情ではないだろうか。Brexitで英国は独立した地位を得て独自のイニシアティブを発揮しやすくなった。

 

不安定な中東・アフリカ情勢から生じた移民・難民問題。EU域内で拡大する、個人だけではなく国家間に生じる経済格差。経済至上主義と民族・伝統主義の対立。気候変動は、難民問題だけではなくエネルギー利権のあり様の変革も後押しする。この分断と混乱を奇貨(人為的かも知れないが)と捉える勢力もいるだろう。

 

これこそがDivide & Ruleにしてやられる状況なのかも知れない。

 

 

ロシアを擁護するわけではないけれど、ロシアのエネルギー開発も米英メジャーと仲良し(いや互いに甘い汁を吸い会おうとした)の時があったのだから。次の図もJOGMECの資料からだけど、米国エクソン・モービル(Exxon Mobil)、英国ロイヤル・ダッチ・シェル(R/D Shell)、ノルウェーのスタトイル(Statoil)、フランスのトタル(Total)、イタリアのエニ(Eni)、米英メジャーも相当ロシアに突っ込んでいる。しかし、ウクライナ紛争、クリミア編入などで西側社会は対露制裁に動き、このあたりの開発は事実上凍結となっている。それでも欧州はロシアから天然ガスを買い続ける。なんだか香ばしい話だ。

 

日本の政治家もこうした資料からレクを受けているはずなのだけれど…

 

 

日本はまた複雑になる。英米EUを中心としたロシアへのこうした制裁行為に安易に追従すれば、これまでの北方領土返還はさらに遠のく。融和方針で対話を進めていたのにすでに裏切られている。そこにこの件で「価値観を共有する国際社会」に歩調を合わせて対立姿勢を打ち出せば、北方領土の軍事基地化を目論むロシアの思う壺だ。融和策を取れば当然、日本にもパイプラインをどうだ?と言われているに違いない。それを呑めば日米同盟はご破算となる。だから、日本の領土返還交渉は「以上終了」となってしまう。臥薪嘗胆、対米追従で機会を待つしかなさそうだが、その気概のあるリーダーは見えない。

 

まだ日本の独立が保たれていた戦前ならば「大義がない」と大見得を切って第一次大戦に参戦しなかった。西欧社会の内紛を傍観して構えることができた。今は北朝鮮問題でがんじがらめの日米同盟の中にあるが、本質は敗戦後の米国支配、日本の再軍備・安全保障政策の回復の懈怠と、戦後不法に居留した朝鮮人、シナ人を本来の住処に送還できなかったことだ。戦後70年は「独立回復の70年」ではなく、戦後経済は復興はしたけれども主権回復については「空白の70年」のような気がしてならない。

 

さて、これまでは、水面下でなんらかの権益を得ながらロシアが折れる、というのが今までのパターンだった。現代の勢力図の暗渠のなかでは中共が絡んでいないわけはなかろう。中共は中共で、欧州市場の支配を目論んでいる。「一帯一路」は天然ガスのパイプラインではなく、鉄道だ。人も運べる。

 

さすがに欧州もそのあたりに気づいて(あるいは美味しい汁を吸い尽くした見限りどころとして)対中ブロック・シフトを敷き始めた。けれど、いまは敵の敵は味方とか、身の内に抱えた敵 -- 獅子身中の虫とか、だんだんとバトルロイヤルの様相を呈してきている。機密を盗むだけでなく、デマでプロパガンダを行ったり、カネやハニー・トラップで有力者の弱点を握るような「工作員」が世界中にばらまかれているのは想像に難くない。そうした工作員の親玉である大使館付きスパイを帰すのはいいが、それだけでなく、ゲーム・チェンジあるいはルール・チェンジを促す「出来事」が起きる可能性が高くなっているように思う。

 

そうしてみると、北朝鮮問題は東の包囲網の最前戦。西の最前戦はNATO加盟国。日本は言うまでもなく、Nord Streamからは少し遠く、ロシアから見てスウェーデンとフィンランドの奥にいるノルウェー(NATOの優等生)がロシアの軍事的脅威を理由に軍拡を発表している。関門捉賊」、ロシアと中共を東西から包囲する姿が見えてくる。

 

ここにきて、北朝鮮の金正恩は習近平詣でを敢行し、習近平は北朝鮮に出向くという(産経新聞)。

 

いろいろ匂いすぎて、メモしておくことも多すぎる。この辺までにしておこうっと。

 

 

 

Our Last Night, "Skyfall"

 

 

 

 

Good Luckクローバー