およそ650万人分の年金のデータ入力を請け負った会社が、入力業務を中国企業に再委託するにあたって500万人分の個人情報を中国企業に渡したことが発覚しました。

 

入札による川上からのコスト圧縮圧力は、オフショアリング(人件費の安い海外企業への委託)を強く促進しています。労働移民・外国人労働者受け入れ拡大と根を同じくする現象です。

 

NHK NEWS WEB

 

オフショアリングも外国人労働者の受け入れも、国家安全保障上、日本に大きな「穴」を開けます。日本の新自由主義的な規制緩和・市場開放政策、あるいはグローバリズムが、日本の核心的利益を保護するという点でいかに脆弱な基盤で進められているかということは度々書いていますが、この事案もそれを端的に表しています。

 

この事案では、受注者であるSAY企画という小企業の契約違反が主因であることは間違いないと思います。しかし、

中国の会社は切田社長が設立に関わり現在も役員を務めているということで、社長はグループ会社という感覚で再委託したという認識が薄かったとしています。

 

NHK NEWS WEB

こうした日中企業の連携は、零細から大企業に至るまでさまざまなところで行われています。この認識は、そうした意味では、よくあるものです。同時にこの認識に基づいて、一部には日本企業があまりよろしくない中国企業の「フロント企業」を務めているケースもあります。まるで、反社会的勢力の隠れ蓑のように。しかも厄介なのは、「無自覚的」にそうした存在となっている企業も少なくない。

 

無論、SAY企画なる会社がそうした企業であるかどうかは、今後の調査次第ですが、リマインドとしてそうした視点での調査も必要でしょう。同企業の90%が官公庁受注で、特許庁、厚生労働省が顧客となっているそうですね。「確信」的なフロント企業なら由々しき問題です。

 

零細から大企業に至るまで、デフレ環境下の強烈なコスト圧縮圧力の環境下で「生き残り」のために、賃金の安い外国を下請けにするのはやむを得ぬ側面もあります。日本企業が日本人を増やしても、コスト割れしてしまい、生き残れないというおかしな現実があります。1990年以降の日本人の労働賃金の相場調整の圧力が強まる中で、韓国サムスンや中国企業に日本人技術者が大量に買われたことも問題になりましたね。

 

日本企業の多くは、国内での強烈なコスト圧縮圧力という「苦い水」に対して、中国の「熱烈歓迎」や朝鮮の反日勢力などの甘言で「甘い水」が鼻先にぶら下げられて、その誘惑に負けてしまいます。一時は、「オフショア」ができない会社は滅びるとまで言われました。世界の資本家たちと新興国の思惑が一致して、大きなムーヴメントになったことが背景にあります。

 

そして海外に仕事を委託しても、外国人労働者を雇い入れても、企業秘密が知られ、個人情報が漏れ、秘密でないにせよさまざまなノウハウが流出してきたのは見ての通りです。ことに中国のような国では、機密保持契約はなんの保証にもなりません。損害賠償請求も、救済措置にはならないのです。例えば今回の個人情報にマイナンバーがついていれば、その損害の算出はどのようにするのでしょうか?下手をすれば、マイナンバーを一からやり直しです。実のところ、もはや事態は収拾のつかないレベルに達しているかも知れません。

 

「SAY企画」の切田精一社長は、中国の会社に渡したデータは氏名だけで「個人情報の流出にはあたらないのではないか」と話しています。(NHK NEWS WEB)

 

どのようなソースから、どのように個人氏名だけ抽出して中国企業へ渡したかの実態はわかりませんが、少々無理のある発言に見えます。この発言の通り、氏名だけであれば個人情報の流出には当たりませんが、本当にそうなのかどうかは検証の必要があります。

約130万人の2月の年金受給額が少なかった問題は、所得税の控除に必要な「扶養親族等申告書」の提出が間に合わなかったことが主な原因だったが、約6万7千人については、必要な手続きをしたのに控除を受けられていなかった。機構がこの問題を調査する中で、中国業者への再委託が分かったという。

 

産経新聞「中国の業者に年金個人情報 年金機構委託の企業が再委託

このような問題が発生するのは、氏名と他の属性データを紐づけるときの業務品質に問題があり、結果としての成果物のデータに誤謬があったのでしょう。データを分離入力すればエラー・リスクは増えます。しかし、130万人中6.7万人、この文脈からすると最低でも約5%のエラーレートは、一般的なプロジェクトでの許容範囲を超えています。なにより検品(検収)スキルが低い。年金機構は、にもかかわらず外注を続ける。ですので、本当のところは隠されるでしょう。そして、このSAY企画の事案は氷山の一角にすぎません。もはや…

 

中国に個人情報が流出する仕組み 官公庁のデータも筒抜けになる理由とは

デイリー新潮(2016年7月5日)

 

日本年金機構が上記のような実態を知らないとは言えないでしょう。2015年にはすでに問題化しています。「公安調査庁・内閣情報調査室のエージェントとされる日本人が、中国国内で拘束」された事件をデイリー新潮は報じ、日本人の個人情報が漏洩し分析されていて、中国の当局は入国と同時にマークできる体制が出来上がっているといいます。日本の国家安全保障上きわめて由々しき事態に陥っています。

 

さてここで日本をめぐる各国のスパイ合戦に話を広げると、話がとても長くなってしまうので的を絞ります(興味のある方は、時任兼作というジャーナリストのものは面白いです)。ここでは、明確に意図的な諜報合戦より、無自覚に行われているかもしれない、この日本年金機構の事件のような情報流出の構造について、さらに考えてみたいと思います。

 

くどい話になりますが、政府はプライマリバランスの健全化など緊縮財政の必要から、歳出をカットし、社会保障費を圧縮し、消費税を増税してきました。同時進行で、その風潮を追い風に「税金の無駄遣いは許さない」というスローガンのもとに、汚職や談合の摘発や不明朗な税金使途に大きな圧力をかけることになりましたが、もう一方では、政府調達や公共投資のコスト圧縮圧力は非常に強いものとなり、それは川下の民間企業に伝播してゆきます。

 

さらに、古くは中曽根政権以降、新自由主義的な政策を進め、市場原理主義(株主至上主義)・自由経済(グローバリゼーション)を広く採用してきました。その結果、株主(企業の所有者)の利益が最大化される方向、つまり賃金をコストとみなして圧縮し、企業の内部留保など(=株主にとっての企業価値)を増やすことを広く是認してきました。その中で、官業が民間に払い下げられ(今は「規制緩和・市場開放」という美名になりましたが、実態は「払い下げ」です)、外資系の企業あるいはもともとは日本の企業だったのに、外資の占有率が高い企業に委ねられます。

 

私が属する業界で見聞きしてきた現場の話でも、これまで準・官業だった公益法人の行ってきた仕事(公益事業)が、行政改革担当大臣の名の下とコスト圧縮を理由に、入札を通じて民業に移転されていて、リクルート(外国人株式保有率30.9%)やソフトバンク(同40.2%)、オリックス(同57.9%)などにずいぶん取られたと側聞しています。他の業界でも似たようなものでしょう。日本の株式公開企業全体で、外国人株主の割合が30%以上を超えているのですから。

 

かくて国の緊縮財政と、株主資本主義の2つのコスト圧縮+競争圧力が、民衆を苦しめ、1990年代から世帯平均年収で100万円以上も下げながら中間所得層を減らし、格差を拡大してきています。中小零細企業が、中国や東南アジアの途上国の労働力に依存するのと同様に、そうした国々で作られるファスト・ファッションや百均グッズ、海外産の食品に手を出さざるを得なくなります。

 

さらに、国民はというと、パソコンではWindowsやMacを使い、スマホはiPhoneかAndroidと、ほぼ米国資本に依存しています。きわめつけはLINE(韓国資本94.2%)です。モバイルのWi-Fiはファーウェイ(中国人民解放軍の傘下)がシェアNo.1ですね。通信分野において、同盟国はまだ仕方がないとしても、反日勢力が同盟国のインフラにタダ乗りしている、ということですよ。

 

脱線しますが、なにやら賑やかにやっている緊縮財政論者も積極財政論者も、この構造下で一体何がしたいのだろう?と思わざるを得ない所以です。緊縮が続けば企業は利ザヤ獲得のためにさらにコスト圧縮に走る。PB健全化でいちばん守られるのは誰か?積極財政では、そこいら中に開いている穴からカネが海外にダダ漏れです。どちらもキャンペーンがあまりに声高だと両側に疑いの目を向けてしまいます。デフレは原因の一つではありますが、デフレという経済現象が、何を契機に進んだかをよく考えてみたほうがいい。右も左も、何はともあれ、日本の富が日本人にきちんと届く道筋を作ることが一丁目一番地なのではないですかね?そこに触れない政治家はアカンのですよ。

 

さて、また”くま”の属する業界の経験談に戻ります。

 

国のセキュリティ関係の、とある調達で、製品評価業務に関する入札がありました。その入札は「委任契約」でしたので当然再委託はできません。その応札書類の作成においては2つの視点で、非常に厳しい制約が設けられていました。一つはやはりコスト圧縮圧力で、その業務の受注で会社が得られるマージンまで制限されるものでした。また、マージンは会社の管理費にあたる部分だけで、その業務にあたる技術者の賃金にはマージンが乗せられず、実費しか払わないという条件がついていました。担当技術者の雇用契約書と給与明細の提示を求められるという、非常に厳しいものでした。この件を担当していた部長は、「全然儲かる隙もない、民間に依頼する話としてあり得ん!」とたいそうお怒りでしたね。もう一つの厳しい条件というのは、「誰がやるのか?」ということを明確にしろ、ということです。応札時に決めた担当者を他に変えることはできません。この件にアサインされた技術者の社内での評価は高く、高額報酬を得ていて、役所の方も「こんなにもらってるの?」と文句をつけつつ落札に成功していました。

 

日本年金機構が年金情報のデータ入力を外部に依頼するにあたって、上記のような注意深い調達をしていれば、今回のような問題にはならなかったと思います。また、年金機構の職員がデータ入力した場合の賃金を入札の標準価格にしてみたら?と、思わずにいられません。発注者の役所側の負担も大きいと思いますが、私の聞いた話の件ではリスクを分かっている担当者だったのでしょうね。日本年金機構は、この大規模なデータ入力プロジェクトについて、PMO(Project Management Office)や外部評価のような、第三者監査サービスの調達とセットでやっていたのでしょうか?コスト圧力に負けて、省略したのでしょうか?セットしていなければ、年金機構の調達不備は明らかですし、もしセットしていたとするなら、そこ企業の管理責任も生じているでしょうが。

 

自民党に出入りしたことのある営業マンから聞いた話です。自由民主党では、党としての調達の際に、「日本企業」、「日本製品」であることが調達の重要な要件になっているそうです(無論、Windowsのように日本にない製品は無論除外されます)。スノーデン事件の直後には、「外国製品は情報が漏れるからな」と言ったとか言わないとか。自民党の調達のように、日本政府の調達行為や公共投資は、原理原則の要件として、エンフォースメントとして、日本国民にそのカネが届くトレーサビリティを確保すべきではないかと思いますが、日本の自由主義は無防備すぎて、それはできない建て付け担っています。

 

すでに相当量の個人情報も機密情報も海外に流れたと思います。そこから機密を再構築するのは相当な労力がかかると思います。一世代はゆうにかるでしょう。どうするんでしょうね?

 

入手した個人情報やマイナンバーで、「背乗り(wikipedida)」(はいのり)、「戸籍売買(ダイヤモンド・オンライン)」、公共サービスの不正受給など色々使えますな。

 

時節柄、スパイ防止法案成立のためのキャンペーンでしょうかね?それも大事だと思いますが、国の構造の方が優先すると思うのですが。

 

 

日経新聞「止まらぬ日本企業の文書流出 中国サイトに186社分」2018年3月1日

 

参考:

平成22年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書

人材の移動による技術流出に係る知的財産の在り方に関する調査研究報告書」三菱UFJリサーチ&コンサルティング

 

東京大学政策ビジョン研究センター

人材移動に伴う技術流出の実証分析

 

野村旗守ブログ

公安調査庁の情報漏洩だったのか?

 

現代ビジネス

スクープ!中国「日本人拘束事件」の真相~逮捕者は4人だけではなかった…日中「諜報戦争」はすでに始まっている」竹内明

 

 

 

Rebecka Törnqvist, "Wander Where You Wander"

 

 

 

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