マスクはどこにいった | 社会保障を考える

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 NHKの「イッピン」というのをよく見ます。工芸品の工房を訪ねる番組です。訪ねるリポーターは女性が多いように思いますが、ふと気になったのが、工房の中に入る時にコート類を着たままな人がいたのです。こういう場合、昔はコート類は脱ぐのが普通だったのではないかと。いつの頃から着たままの人が増えたのでしょうか。いいとか悪いとかいうことではなく。どうでも良いことなのですが・・・。

 

「コラム 春秋 2020/5/10西日本新聞 オピニオン面 」からです。

 

「不覚にも視界がにじんで先が読めなくなった。5日付の本紙朝刊「テレプラ」に載った話。1人暮らしの熊本市の女性(82)は、政府が支給する布マスクが届くのを心待ちにしている

▼買いに行っても品切れ。「年で指が動かない」ので自作も難しい。病院でもらった1枚の使い捨てマスクを洗いながら大事に使っている。顔との間にはガーゼを挟む。けば立ってきたけど、せきエチケットが大切と思って…

▼安倍晋三首相肝いりの布マスク2枚配布。466億円もかけたのに、「たった2枚」「小さ過ぎる」「布製なら作れる」と評判が悪かった。さらに異物混入で回収騒ぎ。地方ではまだ手元に届かない(以下略)」

 

コラムは、読者からマスクの寄贈があったことを記し、美談で終わっていますが、本来なら庶民の気持ちをもてあそぶ首相の姿勢に怒り狂うべきではないか。と思いました。休業事業者への支援策が世界一と自賛するが、根拠はないという指摘が有力です。「ご飯論法」というのが話題になりましたが、何と呼んだら良いのか。随意契約先はどのようにして決まったのか。報道機関として問うべきことは沢山あるのではないか。466億円というのは妥当な額なのか。国民に知らされていないことがあります。