「徘徊」とは「目的もなく歩き回る」という意味なのでしょうが、認知症との関連を疑われてから「徘徊」そのものに問題があるかのように言われています。
「(声)「徘徊」→「ひとり歩き」に 介護福祉士55歳 2015年8月20日朝日新聞
埼玉県ふじみ野市が、認知症などで歩きまわる高齢者の早期発見と保護を目的に「ひとり歩き(徘徊〈はいかい〉)高齢者早期発見ステッカー」の配布を始めた。ステッカーは登録ナンバー入りで、警察や消防と情報を共有して身元を早く確認する仕組みだという。ステッカーはグッドアイデアだが、何よりもうれしかったのは徘徊を「ひとり歩き」と呼んだことだ。
徘徊を手元の辞書で調べると「あてもなく、うろうろと歩きまわること」とある。だが、町中を1人で歩きまわる認知症高齢者には、「あてもなく」ではなく、それぞれ「理由」がある場合もあるようだ。近所で不安な表情を浮かべながら歩いていた男性に声をかけたら「家がわからなくなった」と答えた。その人は自宅を探し回っていたのだ。幸い近所の方と出会ったので、自宅に送っていただいた。
「理由」を口にできない方も多いが、私たちは「何か訳があるのだろう」と思って接したい。そうした気持ちは認知症高齢者に伝わり、もしかしたら心を開いてくれるかもしれない。
「徘徊」を廃語にし、新たに「ひとり歩き」と言い換えてみてはどうだろうか。」
「徘徊」している人を見つけようと努力している大牟田市でも「徘徊」の使用をやめたと報道されています。どうでしょうか。認知症の正しい理解が広がらないために「徘徊」がマイナスイメージになっているのではないか。このようなケースは障害者問題でもあります。言葉狩りにならなければいいのですが。
