「コラム 花 時 計
地元の小学校であった 自治会の祭りに家族で参加した。生ビール片手にほろ酔い加減で、焼きそばにしようか、フランク フルトがいいかな、と屋台を巡っていると、特設ステージから、あの曲が流れてきた。NHKでよく流れる「花は咲く」。フラダンスチームの披露だったのだが、照明の中、優しい音色に乗ってゆったりと踊る姿がどこか夢 のようで、ぼーっとして しまった。気が付くと、 がやがやした太人たちの 立ち話や酔客の掛け声は消え、曲と手拍子だけになっていた。幼い子ども たちの笑い声は変わらず響いていた。毎年当たり前に巡ってくる祭りも、子どもが駆け回る幸せな光景も、一瞬のうちに失った人たちが東北には大勢いる。私たちが忘れてはいけないことを、この音楽が、思い出させてくれる。(下崎千加)」(2014年9月15日西日本新聞)
先日、宮城県岩沼市の集団移転が徹底した住民の話し合いで今年復興住宅が完成したというテレビをみて、アーみなさん頑張っているなと思いましたが、今年の冬、仮設で4年目を迎える人たちの困苦を想像しました。みなさん支え合って暮らしておられるのでしょうか。
「敬愛する人を 失い心寂しく 77歳
敬愛する10歳年長のその方は一人暮らしの私にとって心の支えであった。たびたび訪ねてくださり、外ヘ誘っていただいた。自分は息子さん家族と一緒だからいいけどと、私が一人で家を維持することの大変さを気遣ってもらった。 ご自身でも長年の病巣を抱えていながら、障害のある方々の相談者として活動を惜しまなかった。女性のための集いにも参加、認知症サポーターとしての講演も積極的に主宰されていた。わが家では同じ所に座られて世の中のこと、人生のこと、自分の活動など何でも話し相手になってくれた。もう二度とこの席に座られることがないと思うと、あらためて寂しく途方に暮れている。家中に「断捨離」の札を貼りながら少しも片付かない私の部屋を笑っておられた。見事としか言いようのない潔い最期お手本にしたい。」(2014年9月29日西日本新聞)
こういう最期は難しいですね。
