ネコはワガママに見える。
ネコは好奇心で動いてる。
そこが私と似てるところ。
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11月21日の開催です。
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あっという間に読めました。
私もそう思うということが沢山ありました。
呼吸法と言い、
健康法と言い、
遊ぶようにやっているなら良いけど、
必死になってまでやることかと私も思う。
人はいつか必ず死ぬ。
そこを受け入れて、
それまで楽しく無理せず、
でも驕らず害せずにいようというのが養生というのも納得。
人生わずか五十年、
化天のうちに比ぶれば、
夢幻の如くなり。
そうです。
五十年、
飢えもせず、
大病もせず、
怪我もせずにきたのは確かに運が良かったかもしれない。
でもどこかでちょっとした養生もしていたかもしれない。
良い酒は飲むけど、
アルコール添加の日本酒は避けるとか?
ちょっとこじつけかな。
味が嫌いだから砂糖を食べないのも、
結果的には養生かもしれない。
食べるものは、
できるだけご先祖様が食べてきたものに近いものを選んでいるのも、
そうかもしれない。
だって、私の体はご先祖様の歴史の結果だと思うから。
(菜食の結果腸が長いなど)
健康診断を受けないのも同じ。
身体の末端を手入れしているのも、
情報や数字より自分の実感を信じるのも同じ。
冷水浴のやり方も似てる。
来年からは私も遊行期に入る。
五十歳からはオマケだし、
いつ終わっても生き物としては当たり前。
終わるまで、
できるだけ心豊かな時間を過ごせたら、
ありがたい。
若く見えても、
老化はしている。
それは自然なことです。
(人から)どう見えるかより、
(自分が)どう感じるか、
どうしたいか、
そこでしょうね。
著者と違うところは、
75歳で車の運転を止められないと思うこと。
少食が良いと思いつつ、
食べすぎているところ。
著者は深夜に書き物をされて、
朝になって寝ているけれど、
私は朝は6時前後に目を覚ましてしまうこと。
(夜は12時前に寝ています)
あらゆる養生訓は他人の養生法、
そう書いてあるし、
違うことは当たり前です。
畑の大根を引き抜きました。
大根はDNAに従って、
状況に合わせて成長していきます。
人の生き死にも同じだろうな。
少し遠くから見たら、
大事なことと見なくても良いことがわかるでしょう。
図書館でこれも借りてきました。
小川町の講演で押田さんが言っていた本です。
地表に暮らしてきた私たち。
現在の都市ではこんなふうに暮らしてます。
「 SDGsの大嘘」にあったけれど、
気候変動はCO2より火山活動や太陽黒点の方が影響が大きいらしい。
そして地上だけでなく、
もっと大きな環境の中を飛んで暮らしているのですね。
時々少し遠くから見る、
そうしたら、
違う感覚が生まれるかもしれません。
今の私に届いた2冊でした。