5) 西美濃
今川の軍船が大挙して伊勢湾を上り西美濃に上陸しようとしている知らせは、西美濃の斎藤臣下の武将たちに最大の警戒体制を敷かせるきっかけとなった。

ところがその中で一人、16歳の若い武将が甲冑も身に付けず義元の船に乗り込んで来ていた。

4年前の初陣長良川の戦いで、道三側についた父に従い、自らも義龍軍を退けた竹中半兵衛であった。

「童顔…」
そう思わす口からこぼした義元に眉をひそめる反応したのは、言われた当の本人半兵衛では無く、同乗していた岡部元信だったが、義元本人はそれには気付かないようで、続け様に半兵衛に質問した。

「高政(義龍)は、どうかね。」

あえて抽象的に聞いたが、半兵衛は逆に義元の腹を伺うように話した。

「稲葉良通殿は高政殿の伯父にあたり、その他、先の長良川では氏家直元、安藤守就も高政殿にお味方されておりましたので…西美濃におきましてはそれがしだけです。」

それだけで充分だった。

ふんと鼻で返事をした後「半兵衛、任せた。」と言った義元に、半兵衛は無言で頭を下げ菩提山城に戻り、その後兵を集めたが動きを明らかにせず、大垣城の安藤、特に曽根城の稲葉良通を釘付けにすることが出来、義元の先発隊は無事に養老から関ヶ原を抜ける事が出来た。

その後の本隊通過交渉の内部交渉役として半兵衛は義元側と連携して対応し、高政には織田攻めの際尾張上四郡の切り取り放題の約定で収める事が出来たのだが、翌年高政(義龍)は急死する事になる。
今日、フードコートで読書をしてたら真正面に見ず知らずのおじさんが立ってた。

びっくりした!と声に出ちゃったので、ぁ、すみません失礼いたしました、と声に出して笑いながら立ち上がってお詫びをした。

おじさんは身長150cmほどだった。

おじさんはマスクの上からも分かる程の笑顔で、ごめんね、びっくりさせて、と言いながら自分が被っているニット帽を少し上げて、僕はね、ハゲだから帽子かぶってる。と言い僕の髪を指差し、君も帽子かぶれば白髪が隠れるよ。と言った。

僕は笑顔のまま、白髪似合ってると思ってるんですよね、僕。と返した。

すると、何の脈絡もなく、突然自分の生い立ちを話し出した。

自分は家が悪かったから高校に行けなかった。
自分より頭の悪い奴らが高校に進学するのが悔しかった。
就職してからも頑張って夜間高校を出て、夜間の大学も卒業した。
社会では散々先輩たちに苛められたが、僕は負けなかった。

純粋に共感出来た。

昔から弱いもの苛めとか、容姿でいじるとか、育った家庭で偏見持つのは嫌だったから、真剣に聞いていた。

…立ったまま。

過ぎ行く人達は何で立ってんだ?と言わんがばかりの視線を向けていたが、気にしなかった。

ごめんね、僕ばっかり話して。と言って少し間があった後、君、男前だな(自分で書いてて恥ずかしい)と、僕の腕を掴んで、でも真面目だから今まで損をたくさんしちゃったね、と言った。
武士のようだね。サムライかな。真面目すぎて損してる。

よし、君と歩こう。

最後はそう言ってるように聞こえたが、おじさんは言い切らない間に僕に手を出して、握手を求めてきたので、思わずその手を両手で掴んだ。

一見、ごつそうだったが、柔らかい手だった。

ありがとね、時間とらせたね。と言われたので、時計を見たが、ほんの10分も話してなかった。
もっと長いように思えたのに。

ふと顔を上げるとおじさんが居ない。
とても見通しの良いフードコートだから、余程歩いて去るおじさんを見失う事なんてない場所で。

でも何か、気持ちは軽くなった。
真面目すぎるなーとは自分でも思ってるし、もう少し適当でも良いのかなとも思うけど、出来ない。

そんな僕を分かってくれる人も居るんだなと思った。
たったの10分で見抜くのか…あのおじさんすげえな。
4) 伊勢湾
我々の知る海岸線と460年以上前のそれは大きく違っている。

主に太平洋側の現代3都市の東京、名古屋、大阪の海岸線の違いは顕著だ。

当時の伊勢湾は美濃に向かって大きく入り組んでおり、江戸時代に入っても東海道は尾張熱田から伊勢桑名までは船で渡るほどだった。

「そこで、鳴海城と大高城の返上、そしてそれがし元康が尾張に残る、という事となりまする。」

元康が信長の前で深々と平伏したまま述べ終わるか終わらないか、「たぁけぇ、おみゃーは目付けで残るんだろぉ!人質ではにゃぁわ、何言っとりゃぁす!」と信長は甲高い声を荒げた。

「まぁええわ、義元がこの先どうなるか、高みから見せてもらおみゃぁて。」

こうして、義元は交換条件となった、美濃国境までの今川水軍による先発軍5千の輸送通過と、本体1万の街道通過を実行することとなった。

美濃の斎藤高政(義龍)に対する交渉と同時進行で別働隊5千を三河国から東美濃に送り込む手筈も整っており、既に三美国境に待機させている。

信長は熱田神宮の南西にある港から一人、先発隊を乗せた今川水軍を眺めていたところ、先頭の船からこちらに向けて広げた扇子をヒラヒラさせている人物がいたが、あれがまさか義元とは信長も思いもしなかった。

折下、天気が急変し雨が降り始めたので神宮内に雨宿りに戻ろうとしたところ一人の若者が信長を呼び止めた。

「殿、どうか、そろそろお許しを…」
「びっくりした、なんだて犬千代か…おみゃぁさんは追放の身…ぉ、丁度良えがや、おみゃあ、今川軍に潜入しやあ。」

本来なら桶狭間の戦いで手柄を立て、織田家家臣に復帰出来た筈だったのだが、この世界線では、追放の身という立ち位置を利用して、前田利家は今川本隊に潜入する事となったのだった。