ケイちゃん(増田惠子さん)のソロデビュー40周年記念アルバム「そして、ここから…」のリリース(7月27日)が、数日後に迫った。発売元のビクターエンタテインメントによるプロモーションの一環として、いま主な音楽配信サービスで、<増田惠子が選ぶ「Del Sole」と聴きたいピンク・レディー(Selected by Pink Lady “KEI”)>というプレイリストが公開されている。



プレイリストは、アルバム「そして、ここから…」からの先行配信曲「Del Sole」と、ケイちゃん自身が選んだピンク・レディーの楽曲、全14曲で構成されている。誰もが知る定番のヒット曲だけでなく、1981年3月の解散直前にリリースされた3枚組アルバム「PINK LADY」(通称“銀箱”、今年3月から配信開始)だけに収録されている楽曲なども含まれた、ケイちゃんならではの選曲である。


実はこのプレイリストに、意外にも今回取り上げるシングルB面曲が入っている。一般にはほとんど知られていないが、ケイちゃんがお気に入りとして選んだこの1曲、いったいどんな作品なのか、改めて聴いてみたい。




<基本情報>

タイトル:BY MYSELF 

作詞:三浦徳子

作曲・編曲:川口真

発売日:1980(昭和55)年9月21日

A面曲:うたかた


通算19作目、80年の3作目にあたるシングルは、同年9月1日にミーちゃんケイちゃんが2人で記者会見を行い、翌年3月でピンク・レディーを解散することを発表した後にリリースされた、最初のシングルでもある。A面曲の「うたかた 」と解散発表など当時の状況については、過去の記事をご参照いただきたい。



B面曲の「BY MYSELF」は、恋愛ドラマのワンシーンのような1曲。ある雨の日、たまたま入った<キャフェテラス>で、元カレが新しい恋人と一緒にいるところに遭遇した女性の揺れる心の内を描いている。どこにでもありそうな日常の風景の一コマを切り取った短編小説を思わせる作品だが、おもちゃ箱のような現実離れしたファンタジー的な楽曲が多かったピンク・レディーにしては、非常に珍しい。それだけに、当人たちにとっては逆に新鮮だったのではないか。ケイちゃんは、後年次のようにコメントしている。


 まず歌詞がいいですよね。切なくて胸がキュンとするんだけど、可愛い女心が描かれていて…誰もが経験するような内容だと思いませんか?失恋の歌なのに、マイナーではなくて、未来を感じさせる曲調なのも気に入っています。この曲は歌っていると映像が次から次へと浮かんでくるんですよ。だから伝えやすいのかな。ハーモニーを聴かせられるのも嬉しいし、とにかく大好きな曲ですね

(2011年、「Singles Premium」ライナーノートより)


ケイちゃんに「歌詞がいい」と言わしめた三浦徳子さんは、70年代後半から作詞家として活躍。八神純子さんの「みずいろの雨」(78年)や、近年世界的にリバイバルヒットし話題となった松原みきさんの「真夜中のドア〜stay with me 」(79年)などを手がけ、80年には「裸足の季節」など松田聖子さんの一連のヒット曲で一躍売れっ子となった。アイドルからニューミュージックまで幅広く作品を提供し、その数はこれまで2000曲弱にもなるという。


2019年にNHKの「ラジオ深夜便」で、日本語学者の金田一秀穂さんが三浦さんにインタビューした採録がネットで公開されているのだが、これがなかなか興味深い。三浦さんの作品は、多くの場合、曲が先に出来ていて、メロディーに合わせて後から歌詞を考える、いわゆる「曲先」で書かれることが多かったようだ。三浦さんは作詞について<メロディーが望んでいる言葉をそのとき思いつくかどうか、それだけなんですよ。メロディーに触発されるというか。「自分が作った」という感じはあまりないんです。「やって来る」というか>*と語っている。

*NHK読むらじる。「金田一秀穂×三浦徳子 アイドル歌謡の作詞術」より



メロディーに触発されて自然に歌詞が生まれてくる、と事もなげに語る三浦さんだが、なかなか誰にでもできるものではなく、やはり優れた才能の持ち主というほかない。シングルA面の「うたかた 」は、ピンク・レディーが前年アメリカで発表したアルバム<Pink Lady>(日本盤タイトルは「ピンク・レディー・インUSA」)の収録曲<Strangers When We Kiss>に三浦さんが日本語詞をつけたものだが、原曲の英語詞のニュアンスを残しつつも、三浦さんの独自の言葉遣いや描写が、作品に一層のドラマ性を持たせている。何より、マイケル・ロイド氏(Michael Lloyd)らアメリカの作曲家が手がけたメロディーから、古語でもある「うたかた 」という日本語を思いつき、タイトルにも採用した卓越したセンスには感嘆するばかりである。


B面の「BY MYSELF」だが、もともとアメリカで37年に作られた同じ曲名のジャズのスタンダードナンバーがあり、戦後、フレッド・アステア氏(Fred Astaire)やジュディ・ガーランドさん(Judy Garland)といった名だたるミュージカルスターが歌ってヒットしたことで知られている。<♪I’ll go my way by myself, this is the end of romance>(私は一人で歩いていくわ 恋は終わったの)という歌詞もあり、あるいはこれが三浦さんの発想のベースにあったのではないかと推測される。


そのことも含めて、この曲も「曲先」で作られたとすれば、ケイちゃんが絶賛する三浦さんの歌詞を導き出したのは、川口真氏のサウンドだということになる。



前回取り上げたシングル18作目のB面曲「ザ・忠臣蔵’80」では、あの手この手と多彩な音楽的要素を繰り出す技巧派ぶりを発揮していた川口氏だが、今回の「BY MYSELF」では曲の構成もアレンジも、非常にシンプルにまとめている。ミディアム・テンポのオーソドックスなポップスで、オールディーズを思わせる懐かしい雰囲気の曲調である。そんな中で特徴的なのが、ほぼ曲の全体にわたって、ミーちゃんケイちゃんのコーラスワーク、ハーモニーを存分に聴かせていることだ。これについて、ミーちゃん(未唯mieさん)は次のように語っている。


 私たちはコーラスグループという意識があるので、この曲みたいにハーモニーがたくさんあると嬉しくなっちゃうんです。もちろんいろんな曲にコーラスは入っているんですが、都倉先生は『君たち2人はユニゾンがすごいんだよね』とおっしゃって、例えばレコーディングではハモっていても、TVやステージではユニゾンで歌いなさい、というような指示をいただいていたんですね。レコーディングでは、主メロを2人で歌って、上のパートを私がかぶせるような形をとっていたんですが、なかなかナマでハモれる曲がなくて、それがちょっと寂しかったんです。

 この曲や『カトレアのコサージ』(『リメンバー 』のB面曲)は、アマチュアだったクッキー時代にフッと戻れる曲なんです。当時、練習していたサウンドに近いので、『こういう曲ならおまかせ』という気持ちになれるんですね

(2011年、「Singles Premium」ライナーノートより)


そもそもピンク・レディーというグループは、オーディションやスカウト等で集めたメンバーを人為的に組ませたような、よくあるアイドルグループとは根本的に成り立ちが違う。2人はまず根本美鶴代と増田啓子という中学からの親友であり、次にアマチュア時代にヤマハのボーカルスクールで「クッキー」として研鑽を積んだ、完成度の高いコーラスグループの顔も持つ。そのしっかりとした土台の上に、PLプロジェクトの大人たちが、ユニークな楽曲や振付、衣装などで、エンタテインメント性という化粧を思い切り施してプロデビューさせたのが、ピンク・レディーなのである。


「BY MYSELF」という曲は、2番目の顔であるコーラスグループとしての2人に焦点を当てて、その魅力を存分に引き出すことに成功した作品だと言えるだろう。本人たちの歌声も、まさに水を得た魚というか、ほんとうはもっとこういった曲も歌いたかったのだろうなあ、と思わせる。


解散発表直後にリリースされたことを考えると、特にサウンド面では、グループとしての原点回帰の意味も込めて作られたのではないだろうか。曲の制作段階で、作家陣に解散のことが伝えられていたかどうかは定かではないが、当時の芸能マスコミの報道などから、なんとなくそういう空気は漂っていたのかも知れない。<♪いつか By myself ひとり歩きするわ>という歌詞には、ピンク・レディーを解散してそれぞれの道を歩いていくミーちゃんとケイちゃんのことが重ねられているとも考えられる。


解散発表からちょうど30年後の2010年9月1日、ピンク・レディーは「解散やめ!」を宣言して活動を再開した。同年12月には、往年の持ち歌のオリジナル音源をもとに、2人のボーカルを新たにレコーディングしたセルフカバーアルバム「INNOVATION」をリリース。「BY MYSELF」はB面曲ながら数々のヒット曲と並んで、このアルバムに収録されている。また、翌2011年に行なわれた全国ツアー最終日のライブを収録したDVD「Concert Tour 2011 “INNOVATION”」でも、この曲は2人のお気に入りの歌として歌われている。ぜひオリジナルと聴き比べて、楽しんでいただきたい。