波乱万丈なわたしの人生の「闇の部分・波乱な出来事」を振り返る物語

27話目の今日は

 

長女を出産して「母」なる生き物になってからのこと。

 

 

前回の記事はこちら↓

 

 

 

わたしはCAの頃から赤ちゃんが大好きで

 

自分が乗務する便に赤ちゃんが乗ってると気持ちが上がり

 

1人も乗っていないと

 

「今日はやる気ナッシング泣」とか言って気持ちダダ下がり右下矢印

 

そ〜んなぐらい赤ちゃん好きでした。

 

なので

 

「自分の子供が生まれたらそれはそれは大切に子育てするんだろう」

 

と思っていたのです

 

が!

 

なんと全く違ったのでございます。

 

 

なんつーんですかね。

 

受け入れられなかったんでしょうか。

 

自分でも未だによくわからないのですが

 

一緒にいてもウキウキ感とか全然ないんです。

 

可愛くないっていうことではないんです。

 

でも娘のことより自分のことの方が優先って言うそんな感じですかね。

 

娘が眠ってくれてるとホッとできて安心して過ごしているんだけど

 

娘が目が覚めてふにゃふにゃ言い始めたりすると

 

「あーまた起きちゃった~」って

 

どっちかって言うと憂鬱な気分だったかなぁ。

 

産後鬱ってことも考えられるけど

 

でもその「娘が寝てるとほっとする感覚」や

 

「起きてくるとあー起きちゃった。やだなぁ」

 

っていうのは実はずっと続いていて

 

正直今でもその感情はよく湧いてくるんですよね。

 

 

ある人に相談した時

 

「それは女同士だからだよ。息子さんだったらそんなことないでしょ」

 

って言われて

 

「たしかに息子にはそんなこと一度も思ったことないなぁ。

 

同性の子供と母親ってそんなもんなのかぁ」

 

って納得する部分はあったけど

 

でもなんかそれだけじゃない感覚

 

「娘を受け入れ切れない」

 

それは娘が生まれた時からずっと強かったように思います。

 

 

で、それもこれもまた結局そこが問題なのか

 

って言うところにたどり着きますが

 

生まれ育った家庭環境のせいですかね。

 

 

というより

 

もう私が何か相当闇を抱えて生きていたんだと思います。

 

そして同時に

 

「全くオトナになり切れてない未成熟な自分」が

 

母性とか子供への愛情とかよりずっとずっと大きな割合を占めたまま

 

「母」という生き物になってしまった。

 

そんな感じだったんだと思います。

 

 

って書いて思い出しました!

 

息子が中学生だったか高校生だった頃に

 

「あなたのこと 母親とか全然感じたことない。

 

なんかオモロい親戚のおばちゃんって感じ」って

 

めーーーっちゃ真顔で言われたことあったんでした。

 

だから心底「母」なる生き物にはなれてないんですよね爆笑

 

 

てなことで

 

楽しいような楽しくないような新米ママ生活が始まったわけですが

 

この娘ちゃんがまた結構大変なお子ちゃんで

 

私の波瀾万丈人生にものすごい強烈なエッセンスを投げ込んできているので

 

その話を次回書きたいと思います。

 

To be continued 飛行機

 

波乱万丈なわたしの人生の「闇の部分・波乱な出来事」を振り返る物語

26話目の今日は

 

長女を出産した直後

 

まだ分娩台に乗ってるの時のお話について。

 

 

前回の記事はこちら↓

 

 

 

長女が生まれたのは日曜日の夜。

 

その日は主治医が夜の会合があったらしく

 

わたしの出産が終わったらすぐにこう言った。

 

「ごめんなさいねー。このあと会合に出ないといけないから

 

当直の先生に交代させてもらいますねー」。

 

 

そう言って主治医が分娩室を出ていくと

 

ちょっとして別の医師が入ってくる。

 

見ると結構若い。

 

そしてちょっとロン毛で

 

な~んとなく肩で風切ってる感あるイケイケ風。

 

 

最初は看護婦さんと打ち合わせしながら作業していたが

 

そのうちわたしのオマタのとこを見て

 

「あー、結構切ったんだねー。赤ちゃん見たら頭小さかったから

 

こんなに切らなくても出てきたのにねー」とゆーて

 

オマタの間からわたしの顔をチラッキョロキョロ

 

 

わたし 心の中で

 

「いや、そっから顔出して見らんでいーわ」。

 

 

イケイケ医者

 

チクチク縫い始める。

 

 

そして縫いながら

 

「そうだ、JALのスチュワーデスなんだってねー。

 

JALのスチュワーデスと付き合うとお金かかるって聞いたことあるけど

 

確かにお金かかりそうだねー」

 

と言ってまたオマタの間からわたし見て

 

 

ニヤグラサン

 

 

もーーーわたしゃブチ切れそうになり

 

「てめーーー! その話 今じゃねーーーッ!ぶっ殺ーーーーすッ!!」

 

と叫んで顔蹴飛ばしてやろうかと思いました とさ泣き笑い

 

 

次回は長女出産のあとにまた陥った

 

「心の闇」についてです。

 

To be continued 飛行機

 

娘ちゃん 2チャイの誕生日カップケーキ なんとわたくし 1才の記念写真と同じ服着てました泣き笑い

 

 

 

 

 

波乱万丈なわたしの人生の「闇の部分・波乱な出来事」を振り返る物語

25話目の今日は

 

長女出産の時のお話について。

 

これがまたエライ大変なできごとだったんっす爆笑

 

 

前回の記事はこちら↓

 

 

 

まず

 

全然出てこない。

 

何がって?

 

長女ちゃんが。

 

 

予定日過ぎても音沙汰ないし

 

1週間過ぎても気配もない。

 

早く生んでドでかいお腹とおさらばしたいわたしは

 

もう朝に晩に朝に晩にこれでもかッ!ってぐらい歩いてた。

 

でも気配トントなし。。

 

 

予定日から10日が過ぎたころ

 

主治医が言った。

 

「あんまり長く入れとくと羊水が古くなって

 

学校のプールみたいに緑色になってくるんよ。

 

そしたら赤ちゃんも緑色で生まれたりするからねー」

 

マジか笑い泣き

 

 

ってことで14日目に入院し

 

産道を広げてもう産んじゃいましょう

 

ってことになった。

 

 

そして当日。

 

朝 入院。

 

 

産道広げる「風船」なるもの挿入。

 

 

部屋で待つ。

 

 

しばらくしたら痛くなり始める。

 

 

でもその痛みは陣痛ポイ痛みじゃなくずーーっと痛い。

 

 

30分1時間と経つにつれどんどん痛みがひどくなる。

 

 

最後には寝てもいられず座ってもいられず床に突っ伏す。

 

 

そして「風船ってなんて痛いんだ」と

 

気絶しそうになりながらひたすらうめく。

 

「う”””――― あ”””―――― う”””――― あ”””―――」

 

 

そこに昼食を運んできてくださったヘルパーさん登場。

 

わたしのうめき具合を見てただ事じゃないと思ったらしく

 

看護婦さんを呼んできてくれた。

 

そしてその場でチェック。

 

すると看護婦さんがひとこと言った。

 

「あー、風船ズレてるよー。これは痛いはず。

 

早く言えばいいのにー」

 

 

って言われても、わかるかーーーいッ!

 

こちとら初めての出産なんだから。

 

 

 

そんなこんなで息も出来ないほどの激痛に耐えた3時間半。

 

「こりゃ~、陣痛なんてなったらも~~っと痛いんだな。

 

マジ覚悟必要だぜ~」

 

そう思って夕方まで過ごした。

 

 

そして夕方。

 

ついに陣痛なるものがやって来た。

 

 

最初はチョイ痛。

 

「全然よゆ~ニコニコ

 

 

そのうち中痛。

 

「おーーーッショボーン

 

 

そして大痛。

 

「ぬ”お”ーーーーーッピリピリ

 

 

でもわたしは思ってた。

 

「まだまだ痛くなるんだ。だって昼間の痛みより痛いはずだから」

 

 

けど看護婦さんがこう言った。

 

「もう生まれるよ。分娩台いきましょう」

 

 

わたしひとこと。

 

「え!?こんなんでもう生まれるの?全然痛くないんだけど。。。」

 

 

看護婦さん驚いて

 

「お母さん強すぎーーー泣き笑い

 

 

てなことで

 

ド田舎の産院に初めてやって来た「JAL国際線CAの妊婦さん」は

 

「あ~ゆ~職業になる人はやっぱり覚悟が違うんだね!」

 

という看護婦さんたちの超誤解的解釈のもと

 

無事 長女ちゃんを出産したのでありました立ち上がる

 

めでたしラブラブめでたしピンクハート

 

 

 

って言ーたいけど!

 

このあと今度は

 

「強烈失礼な若造医師」が登場するのです。

 

To be continued 飛行機

 

 

波乱万丈なわたしの人生の「闇の部分・波乱な出来事」を振り返る物語

24話目の今日は

 

結婚してから始まった旦那さんの嫌な口癖について。

 

 

前回の記事はこちら↓

 

 

 

その嫌な口癖は

 

「金がない」。

 

 

無いはずないんです。

 

本人もそこそこ稼いでいましたし

 

ご両親は億万長者でこそないけど

 

結構な裕福さだったから。

 

 

でもよーく言ってました。

 

そして今でも子供たちにしょっちゅう言ってます。

 

「金がない」と。

 

 

めっちゃ嫌でした。

 

だから「あるじゃん!」ってすんごい反発感じていて

 

結婚前にはそんなこと言ってなかったから

 

「わたしに生活費渡したくないんだ」

 

って思い込み始めて

 

被害者意識がどんどん大きくなって

 

負の感情が溜まりまくって行く日々でした。

 

 

 

ですが

 

ずーっとずーっと長い年月経って数年前に気づいたこと。

 

 

わたしの意識の中に

 

いつもその想いがあった

 

ということ。

 

 

どういうことかと言いますと

 

わたし 幼少の頃からずーーっと

 

お金の執着がすごかったんです。

 

 

当時はそんなことわかってませんよ

 

子供でしたから。

 

 

でも

 

「スチュワーデスになったら安~いおかず食べてでもお金貯める」

 

とよく言っていたり

 

お店にあるキャラメルやら文房具などの色んなものが

 

欲しくてほしくてたまらくて

 

でもお小遣いとかもらえなかったから

 

母のお財布や父の貯金箱からお金盗んだりしました。

(ごめんなさい!)

 

 

で、CAになってお給料たくさんもらえるようになってからも

 

お金の執着というか

 

枯渇してる感がいつも強く自分の中にあって

 

なんか常にお金が消えるようになくなっていく。

 

 

そしてボーナスとか起業した後の事業収入とかで

 

ドーーンと大きなお金が入ったら

 

なんか持っててはいけないものを持っていて

 

「わーーッ!ダメだ!ダメだ!手放さなくっちゃ!!」

 

みたいな感じで放り出すみたいに遣ってしまってました。

 

 

それが何から来てるかというと

 

恐らくこれも

 

親の愛情不足と「幸福→一瞬にして修羅場」

 

の家庭環境のせいかと。。

 

 

愛情とお金が自分のなかでリンクして

 

愛情欲しくてほしくてしかたない。

 

でも幸福な時間は一瞬にして修羅場になってたから

 

愛情(=お金)が手に入っても

 

持ってたら怖いことが起こる。

 

だからすぐに手放さなくっちゃ!

 

みたいなことだったんですよね。

 

 

で、旦那さんの嫌な口癖に話を戻すと

 

結局わたしがそういうお金のトラウマが強かったから

 

「金がない」の心理持ってる旦那さんを引き寄せて

 

且つ その口癖がしょっちゅう出る環境とか空気とかを

 

無意識のうちに創り上げてしまってたんですよね。

 

 

ホント

 

全てのできごとは自分が創り出しているんですね。

 

 

ってことで

 

次回は長女の出産物語。

 

これがまたすごいんだ(笑)

 

To be continued 飛行機

 

お金のトラウマ抱えて苦しんでるようには見えないですけどね(笑)

波乱万丈なわたしの人生の「闇の部分・波乱な出来事」を振り返る物語

23話目の今日からは

 

1回目の結婚をしてたころについて。

 

ここら辺から波乱万丈の度合いがグーっと大きくなるので

 

思い出して「ゔ~~」ってなりながら

 

そして子供たちにたくさんの悲しい思いをさせてきたことを

 

反省しながら書いて参ります。

 

 

前回の記事はこちら↓

 

 

 

結婚生活そのものは幸せでした。

 

旦那さんもわたしも結構高収入で金銭的には裕福だったし

 

土地の場所は予期せぬところだったけど

 

土地と建物合わせたら1億円もする豪邸建ててもらって

 

友達や同僚がしょっちゅう泊まりに来ては

 

楽しい宴会繰り広げてた日々だったから。

 

当時所属してたグループの同僚たち^_^

 

家にはなんとカラオケまであったとゆー🎤

 

 

でもわたしの心が

 

な~んか満たされてなかったんですよね。

 

だから何かあるとすぐに激怒して「別れる!」と。

 

それ 何回言ったかな。

 

結婚生活後半になって離婚の話してた時だったか

 

離婚後に話してた時だったか忘れたけど

 

旦那さんから

 

「いつもいつもすぐに 別れる!って言われてすごく嫌だった」

 

と言われたことがありました。

 

 

でも実は

 

その「別れる!ってすぐ言う癖」

 

結婚してから始まったことじゃなく

 

CAになって1人目の彼氏の時からしょっちゅう言ってた記憶。

 

 

今にして思えばですが

 

相手から求められたくて求められたくて

 

「別れる!」と言うわたしに対し

 

「それは嫌だ!」とすがって欲しくて仕方なかったんですよね。

 

 

で、どうしてそんな自分になってしまったかとゆーと。。。

 

やっぱり親からの愛情不足

 

これが一番大きな理由ですね。

 

 

そして「幸福→一瞬にして修羅場」の家庭環境で育ったから

 

「幸せがずっと続いてたら壊される!」という恐怖とか

 

「幸せがずっと続いてたらいけないんだ!」みたいな思いが

 

心の奥底

 

自分では全く気付いてないところにずっと渦巻いていて

 

何度もなんども「別れる!」を叫んでたんです。

 

 

そんなわたしが変わったきっかけは

 

「瞑想」を始めたから。

 

そのことは物語のずーっと後半に登場しますので

 

それまでしばらく

 

「心の闇を抱え続けた20数年の物語」

 

にお付合いくださいませ。

 

次回は「結婚してから始まった旦那さんの嫌な口癖」についてです。

 

To be continued 飛行機