西新宿 バー ベンフィディック

西新宿 バー ベンフィディック

西新宿の高層ビル群を目の前にひっそりと9階に佇むBarでございます。


テーマ:
鹿山です









カザフスタンへ行ってきた









カザフスタンからオファーがあった時は嬉しかった






なぜなら
資源関係者や自動車などの仕事してる方は
カザフスタンへ行く場合があるかもしれない。

されども私達飲食人はカザフスタンという選択肢はなかなか巡ってこない。

ということは日本のバーテンダーはカザフスタンをまだよく知らない。

こういう日本を向いた日本人側視点で荒らされてない感が昔からよく好きだ







オファーを頂いた時は二つ返事で了承
カザフスタンでの仕事をもらった経緯は
Dariaというモスクワ出身のバーテンダーからのオファーであって
現在カザフスタンの首都アスタナ
旧首都アルマトイ
では著しく嗜好品及びBar文化が目覚ましく発展を遂げている
カザフスタンの共通言語はロシア語
Barの文化においてはカザフスタンは
旧ソ連からの繋がりがあり
昨今、
モスクワの力のあるバーテンダー及びシェフ
カザフスタンにコンサルタントとして引き抜かれ
様々な飲食の立ち上げに従事している


①なぜカザフスタンがいま盛り上がってるか?
中国 習近平主席が数年前に打ち出した
現代版シルクロード【一帯一路】
もともと潤沢にあったオイルマネーに加え
中国からの貿易、投資の要衝となり
オイルマネー&チャイナマネーの二重スパイラル
が完成
中央アジア諸国と比べると群を抜いて
カザフスタンは爆発的に投資が進む国




[要は景気が良い]



鹿山が呼ばれたのは旧首都である
アルマトゥイ

下はキルギス、右は中国
天山山脈の麓に位置する素敵な場所だ

今年は大寒波があり氷点下−30度まで下がった
鹿山達が行った時には持ち直したがそれでいても最高気温は氷点下
(ホテルの部屋から覗くアルマトイ市内)

【カザフスタンはどんな国か】




カザフスタンは
夏と冬の寒暖差が著しく大陸性気候により降雨量が少なく大部分がステップ地帯
歴史的に遊牧の民である
農耕の民でなく遊牧の民ならば
やはり乳製品。
大陸性気候の乾燥国なので乳製品の乾物(保存食)



カザフスタンの十八番
馬乳酒を注ぐおばちゃん↓


カザフスタンでとれる煎じて飲むハーブ類
キリル文字は読めないのでなにかはよくわからない


【カザフスタンのBar文化の現在】
鹿山はバーテンダーとしての仕事として
カザフスタンへ訪れたので
Bar関連について書きたい



カザフスタンの旧首都
アルマトゥイ(現在は遷都されアスタナが首都)
においてBar文化は先に述べたように
潤沢オイルマネー&チャイナマネー投資により
高度成長中だ
旧ソ連時代の流れにより
共通言語はロシア語
【カザフスタンの国語はカザフ語】
よってモスクワから力のあるバーテンダー及びシェフが引き抜かれ集まっている


そして近年たくさんのカクテルバーが誕生



その折に日本のバーテンダーとして
BenFiddichとして
ゲストバーテンダー及びセミナーの依頼が来た



セミナーの様子↓


昼にセミナー


夜は鹿山を招待してくれたきっかけを作ってくれたdariaというロシア人がコンサルタントしている
AfishaというBarでゲストバーテンダー


海外でセミナーをやる時はだいたい先方から話してもらいたい内容の項目が送られてくる




ほとんどが
①日本のバー文化について
②日本と西洋諸国のバー文化の違い
③BenFiddichのやっている独自性
④何でworld Best Bar50に入れたのか?





④に関しては何でなのかは言葉にすると
難しいから【I am Lucky boy】と言って笑わすのだけれども、ある時に最初にきた
偶然というチャンスをうまく掴んで、
そこからは偶然ではない必然的に来るチャンスをうまく掴んで人々に知られるようになったと話す




③に関しては鹿山畑と鹿山のabsinthe
(鹿山はアブサンが大好きなのです)





①,②に関しては
カザフスタンのバーテンダーは今回のセミナー来てた中で誰一人日本へ行ったことがないと言っていたけど
(日本人バーテンダーもカザフスタンへはなかなか行かないだろう)
皆、何かしらで日本のBarのことを何かで調べてもしくは聞いて知っている









挙手制の質問の時に面白かった質問







①日本のバーテンダーの見習いは
お客様と目を合わせてはいけないと聞いたのだけれども本当なのですか?

②日本のバーテンダーはお客様からバーテンダーに話しかける分には良いが自分からは話してはいけないというルールがあると聞きましたが本当ですか?

③いつか日本のBarに行ってみたいけどドレスコードがないと入れないと聞きました。言葉もわからないし行くのは怖い







たしかにあった時代であって間違ってはない気もするが





ただ、鹿山の世代の文化ではない
けっこう昔だ
(いまでも少なからず日本のオールドファッションなスタイルのBarはある)



距離が遠くても繋がり近い国は情報が新しい




同じアジアでも繋がり遠い国は情報が古く
ある一点を誇張されがち




日本側視点からしても
カザフスタンへ発つ前にたくさんの方から
『カザフスタンにBarなんかあるの?遊牧民の国でしょ?』

『いままだ紛争中なんでしょ?行くの危険だよ』
いや、それアフガニスタン
タン違い






【カザフスタンのバーテンダーは殆どがロシア系】



ペレストロイカが起きソビエト連邦が崩壊する
1991年までは
カザフスタンの人口比は3人に1人はロシア人
ロシア人はたくさんいた



ソ連崩壊後、カザフスタン共和国が誕生し
ロシア人はロシア領内へ移住し激減



逆にカザフスタン国外にいる在外カザフ人を
優遇してカザフスタン国内に積極的な帰還受け入れをし(主に新疆ウイグル自治区内のカザフ系及びモンゴル西部にいるカザフ系)人口比に差がつく


しかしながら
地域により差はあるが
いまでもカザフスタン共和国
5人に1人 ロシア系
もちろん
時代共に混血は進む



国内多数派であるカザフ人はムスリム
かといって
カザフスタンという国は
戒律を厳しく守るイスラム原理主義的ではない国


だから現地のカザフ人も大いに酒を飲む


ただ、バーテンダーは圧倒的にロシア系が多い


民族性なのだろう





【カザフスタン共和国は多民族国家】




先程述べたようにカザフスタンの人種分布
(ざっくりだ)
カザフ人70%
(純粋なカザフスタン人 現在国外にいるカザフ系を積極的に帰還受け入れを増やし人口増)

ロシア人20%
(カザフスタン独立後 カザフスタンのナショナリズム向上により人口減)

ウズベク人3%
(お隣の国でありウズベキスタンはカザフスタンの倍近く人口を抱えている国、よってボチボチいる)

ウクライナ人1.5%
(19世紀から20世紀にかけて極東開発移民推進政策によって東方に渡ってカザフスタンに落ち着いたコミュニティ)

ウイグル人1.5%
(もともとカザフスタンにもいたウイグル人。これに加え中国新疆ウイグル自治区のウイグル人も近年中国から亡命により増える)

タタール人1.5%
(ロシア国内ヴォルガ川流域のタタールスタン共和国を主としてカザフ人と同じテュルク系民族 タタール人はシベリアからモンゴル、中国まで幅広く分布)

ドイツ人1%
(ロシア国内ヴォルガ川流域に定住していたドイツ人が第二次世界大戦中 ナチスドイツのスパイになる事を恐れたスターリンが中央アジア及びシベリアに強制移住させられた子孫)

朝鮮人(高麗人)1%
(ドイツ人と同じ理由 1930年代 日本の傀儡政権の満州国とロシアの国境紛争が激化するとスターリンの政策によりロシア領内に定住していた朝鮮人は日本側のスパイになることを恐れて中央アジアに強制移住 その子孫)

その他少数民族1%以下








そうなのだ









様々な人種が入り混じる
多民族国家カザフスタン







カザフスタンにいるドイツ人の子孫は
別名
【ヴォルガ.ドイツ人】

1700年代 ロシア帝国
ピュートル大帝の大号令の下
空白耕作地の開発の下、各国から移民受け入れ政策を積極的に行う
その中の一つにドイツ南部の貧困層をロシア国内に誘致し、彼らをヴォルガ川流域に定住させ
開墾を行った。
そこから1800年代後期にはヴォルガ川流域の
ドイツ系ロシア人のコミュニティは179万人に膨れ上がる


後に1917年 ロシア革命
内戦勃発
1922年ソビエト社会主義共和国連邦が成立
1924年ソビエト連邦内でヴォルガドイツ自治共和国が成立しロシア国内の地位を獲得
スターリンが権力を掌握
第二次世界大戦勃発
1941年 第二次世界大戦が本格化すると
ロシア国内にいるロシア系ドイツ人は
ナチスドイツに加担する恐れがあるとして
ヴォルガドイツ自治共和国に定住していた
ロシア系ドイツ人はスターリンの大号令
【ヴォルガドイツ人追放宣言】を公布
どい
カザフスタン及びシベリアに強制移住





朝鮮の人々も同じような歴史があり
カザフスタンには朝鮮民族の子孫も多くいる
中央アジアに住む朝鮮民族は現在
【コリョサラム】【高麗人】と呼ばれる
(高麗は昔朝鮮半島にあった国家の名前)


話がドイツの話しと重複し戻る

1860年代の帝政ロシアの時代

1860年に当時の中国【清】から割譲してロシア帝国領となった沿海地方

当時住む人のほとんどいないまだシベリア鉄道が開通していない極東の沿海地域を入植地として開放し朝鮮半島北部の農民たちの移住を積極的に受け入れその地域を開発をさせた。

この地にたくさんの朝鮮人が移住した

沿海地方はロシア連邦を構成する83の連邦構成の一つ

首府はウラジオストク


清が滅び混乱期を経て

1932年 日本の傀儡国家 満州国が成立すると
日本と当日のソビエト連邦(ロシア)との国境線で緊張が走り日ソ国境紛争が起きる


赤印の沿海地方はソビエト(現ロシア)領
当時の満州国、及び朝鮮(当時は日本領)の三国が入り組む地域
さらに当時は国境不確定地帯があり
日ソ両国のスパイ戦の舞台でもある

この地域に1860年代から続いた
当時の帝政ロシアの
朝鮮人に対する移民受け入れ政策により
赤印のソビエト(ロシア)領である沿海地方には
ロシア人として帰化した朝鮮人が多くいた。
彼らは日本側のスパイになりうる危険分子として
スターリンの大号令のもと
カザフスタン及びウズベキスタンへ強制移住をさせた。

アルマトイ市内のバザールには
朝鮮系の子孫の人々の一角もあり朝鮮惣菜のコーナーもある。キムチやナムルがたくさん売っている




同じくカザフスタンにはコーカサス系の人々も多く首都アルマトゥイにはグルジア料理店がたくさんある。
昔よくロシアからの分離独立闘争で度々ニュースを沸かせたチェチェン共和国の人々
彼らも
1944年 
スターリンの大号令のもと
民族ぐるみでカザフスタンへ強制移住
当時のチェチェン人の人口50万のうち
25万人がカザフスタンへ強制移住
その周辺地域北カフカス全体では100万人が
家族ごと強制移住をさせられた







カザフスタンは
たくさんの人種が近現代史時代 歴史的な様々な
理由で連れてこられ集まり
ここカザフスタンへ定住し
子孫を繁栄させ今に至る
多民族国家カザフスタンなのだ
ゲストバーテンダーをしたBar (Afisha)
今回鹿山を呼んでくれたバーテンダー達と。

因みにこの石造りの建物は第二次世界大戦後に建てられた。
バーテンダーの彼ら曰く
このBarがある建物は
戦後ソ連兵に満州で捕らえられ
ソ連に抑留された日本兵が強制労働の末に建てた建物






重複するが元々人がいない地域だった為に
開発させる目的も踏まえ、様々な人間が
強制的に連れてこられてインフラを整えたのが
カザフスタンだ



歴史のページにゾクゾクするのは鹿山は抑えきれない
お酒のこと、カザフスタンのBar事情のことを
書こうと思った
つらつら書いてくうちに
鹿山の大好きな近現代史をくすぐる内容が
カザフスタンには盛り盛りの盛りだくさんだったので
気がついたらBar事情のボリュームが小さくなった。


まとめると
カザフスタンのBar文化は盛り上がっている
オイルマネーとチャイナマネーの二重スパイラルによりモスクワから力のある人間がコンサルタントで多く入って飲食業界を盛り上げているといったところだ

以上




おまけ


アムール川(黒竜江)の支流
ロシア 中国の国境を成す川
(ある時のヨーロッパ方面へ向かった際の写真)

日本からヨーロッパ方面へ赴く際の主な航路だ
鹿山は必ず飛行機の窓側の席をとる。
ユーラシア大陸極東地域 中ソ国境を成す
アムール川を眺めながら飛行機に乗るのが大好きだ
航路上はロシア国内だが南下すれば当時の
日ソ国境地帯の様々な名場面に想いを馳せながら飛行機に乗ることができる
先程書いた高麗人(朝鮮人)が19世紀多く開発で住んでいたエリアだ
後にカザフスタンへ強制移住





今宵 西新宿 Bar BenFiddichお待ちしております。

Ameba人気のブログ