フルトリニティ伝授うけたてホヤホヤの、プラクティショナー仲間がトリニティタッチを受けにきてくれました。
直前に9月から始める新メニューの記事をアップした流れなのか、ごく自然にオープンセッションが始まってしまいました!
「安心しました」
「盛りだくさんの問題が、問題じゃなくなりました」
「選択肢がたくさんあることに気づきました」
「自由な感じがします」
「いかに"心ここにあらず"だったのが、よくわかりました」
「リラックスした気分です」
セッション後に伝えてくれたことが、オープンセッションを物語っているように感じます。
…そのリラックスした感覚、何もしなくていいんだという安心感、すべてがOK、満ち足りた、自由な感じ。
それこそが「中心にいる」感覚、なんです。
中心である内なる本質とつながっているときは、外側の出来事に左右されることがありません。
幸せを感じるのに、理由や出来事がいらなくなるわけです。
すごいことですよね?!でもこれ、どんな人だって同じです!
KAYAMに到着した頃はテンションが高めで、マシンガントークが続いていたのですが、感想をお伝えいただくときには、
話すスピードがゆっくりで、声色も柔らか。
ひとつひとつを感じながら言葉を選んでいるような。
視線はとても優しいのに、目の中にしっかりと強い光が感じられる。
「ここに存在している」
エネルギーがハッキリと伝わってきました。
私はセッションを通じてその方の<存在>に出会うとき、いつも胸が震えます。
命の美しさに、感動してしまう。
ところで、エネルギーを中心に戻すのは、難しいことじゃありませんよ。
本来は中心にあって、すべてはそこから創られたものだから、ただ戻るだけでしょう?
実にシンプルなのですが、難しい、と思いこんでいると見事に難しくなりますからお気をつけて。
私の話になりますが、数日前に突然「寂しい」という感情が浮上してきました。
翻弄されそうになったとき、しっかりと身体を感じることで、大地と天、すべての源から愛されていることを思い出すと、気づけば寂しさは愛に変わっていました。
愛されて、愛して、愛し合ったから。
今回のセッションでも、
「それすら愛しちゃえば?」
「それからも愛されちゃえば?」
って何度も言っていました。
実は、少々ビックリしつつ。
「愛する」って言葉は、これまでセッションであんまり使っていなかったから。
めざめランドさとる園長のこの記事を思い出しました。
尽きることなく愛して愛されて愛し合いたい♡
ハートは感じることより、愛するのが使命
マインドは考えることより、愛されるのが使命
ボディは知覚するより、愛し合うのが使命
だから人は生活するより、愛を生きるのが使命なんだ。
父と子と聖霊の無条件の愛のトリニティ♬
そして清志郎の声で脳内再生
「愛し合ってるか~い?」