現実が変わらなければ、意味がない? | Joy of lifeのためのあれこれ

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「セッションを受けても"気づきがおきた、考え方が変わった"だけでは意味がない!現実を変えましょう!」

以前、そんな記事を目にしたことがあります。

どうしても現実化させたいことがある、そんな時には「そうそう!」って共感するかもしれませんね。

でも、気づきや考え方が変わらないと、現実も変わらないことが多いですよね。

で、現実創造のためになんとか新たな考え方を得ようと、ブロックだの何だのに気づこうと、そこでぐーるぐるぐるしていませんでしょうか…?

ちょっと想像してみてください。

それが現実化しても、しなくなくても、どちらでもOK、そうなれたら自由だと思いませんか?

現実が変わろうと変わらずとも、確かに存在するもの。

そことひとつに交われば、

贈られたものが何であれ、ただ受け取れるようになる

開いて、委ねているならば

癒しも、浄化も、現実が変わることすら

勝手にやってくる!

変わらなくても良い

変わっても良い

自然にそんな気持ちになってしまう

どちらも同じところから生まれている同じものなんだから


遠隔エネルギーワークを月1回ペースで受けられている方から、こんなメッセージをいただきました。

「以前のわたしなら、「なぜ無意識になっていたんだろう、また同じパターンを繰り返してしまった、」と頭でグズグズ考えていたと思うのですが、今はそれもなく、そうだったのかーバカだよなあ笑、で終わります。

自分が信じられる感じです。」(40代・主婦)

さらっと書かれていますが、<自分が信じられる>という言葉にとても重みを感じました。

私たちにとって、自分を信じることは、実はとっても難しいことかも知れません。

問題だと捉えているあらゆることは、自分を信じられないことが原因の一つのように感じます。

もう少し深い側面からみると、自分が、大いなる源とひとつであることを信じられると、問題はすべて自分が創り出している(捉えている)ことがわかります。

なので、自分を信じるという本当の意味は、「大いなる源である自分を信じる」ことである思うのです。

ここでいう大いなる源、というのは、私たちを生かしてくれている力、という意味です。

この心臓を動かしているのは、私たちの力でも意思でもありませんよね?
もっと大いなるものが、人間や地球を存在させている。

その大いなるものと自分は本当はひとつ…。

その実感を得られたとき以上の衝撃と至福は、もうないでしょう。