数年前人を殺そうとした。罪人、一之介。彼は正義の手により、切腹が命じられた身であった。そしてその時まである民家に軟禁されていた。

縁側に立ち庭に積もった雪に目を細める。足先はしみるように冷たい。
数年の猶予の間、私はこの民家に捕らわれているが、どうにもそんな気がしない。
高い塀に囲まれた庭は手入れが行き届き、四季折々の美しさを楽しむことができる。昔、師がそうしていたように、私も景色を見て歌を詠んだ。

不思議であろう。
なぜ罪人の私がこんな生活なのか。単にこれ以上殺しはしないと判断されたからだ。代官は切腹を命じたが、それを施行させるのを嫌った。だから今の生活になる。とはいえ、近場に目付けがいるのだが。

狙った相手が悪かった。色、酒を好み、我が妻にまで手を出しおった彼奴が。
彼奴は良いところのボンボンで、遊郭だけでなく街でも噂されていた。

「彼処の息子はいかんねぇ…。酒癖は悪いし、女癖も。次はお茶屋の誰それを物にするそうよ」

妻を寝とられたことが悔しかったわけではない。妻を責め立てたわけでもない。
私はただ憎かっただけだろう。成り上がりのボンボンが貧しき身の女に近づき、金をちらつかせて物にするということが。

気付けば私は家にあった短刀で、夜道で彼奴を襲っていた。あの時、通りすがりの酔っ払いに見つからなければ、私の今は違ったはずだ。

一之介は縁側に腰を下ろした。えっちらおっちらと雪が降り始めた。白さに音が吸い込まれていく。

彼奴は一命をとりとめ、私を責め立てた。過剰に脚色し、大袈裟に捲し立てた。
妻は私の隣で泣いていた。彼奴は妻にまで罪を着せようとした。妻が彼奴を誘惑したという嘘までついて。

私は何も言わなかった。妻もである。私たちの声は誰かに届くものではなかったからだ。身分差とはよく言ったものだ。生まれで全て決まるなんて阿呆くさい。

代官が私に切腹を告げた。妻が泣き崩れる。ほくそ笑む彼奴。私はただ代官に頭を下げた。

私は猶予期間、妻と暮らしたくなかった。
たとえ一時であれ、現を抜かしあんな奴やあんな奴の金に目が眩んだ妻とは。

それは私の利己心かもしれない。でも当時の私には受け入れられなかった。それに、猶予の間二人で死を待ち続けるだけの暮らしをしたくなかった。



この民家にはお春さんというお嬢さんがいた。私の世話係であった。罪人である私に話しかけることはないが、食事や茶を持ってきた時ににこりと笑うのである。それはかいらしく、品があった。
しかし彼女は私が罪人であることを知らない。知っているのはお春さんのお母さん、つまり奥さんだけである。

私の遠縁にあたる奥さんは、猶予の間ここで暮らしたいという私の願いを聞いてくれた。お春さん、奥さん、そのお母さんの三人にしては広すぎる家だった――奥さんの夫が懸命に働いて建てた家だ。主人自らが建てた。でも完成してまもなく、死んでしまった――し、何よりお母さんは病気で、看護に人手が必要だった。

「一之介さん」

お母さんの呼ぶ声がした。私は腰をあげ、声のする部屋の襖を開いた。

「どうしましたか」

襖を閉めながら尋ねる。
お母さんはこちら側に頭を傾けていた。病を思わせる顔の青白さとは裏腹にお春さんにも似たかいらしさがあった。
私はそばに座る。水入れはもう空っぽだった。

「今日は冷えるねぇ。外は雪かい?」

「ええ。ここでも少し積もっていますし、先程からまた降り始めました」

水入れを手に、私は立ち上がる。お母さんは話し相手が欲しいようだ。話すと喉が渇くだろうから、先に入れてくるのが賢明だろう。

「お母さん、水を入れてきますね」

「あら、ありがとう」

襖に手を掛けた時、お母さんは再度口を開いた。

「一之介さん、襖を少し開けておいてくれるかしら? 雪が見たいから」

「わかりました。それなら火鉢の火をもう少し大きくしておきますね」

火鉢の埋み火を掻き起こした。パチッと弾ける音がする。

私は水入れを手に部屋を出た。襖を少し開けて。
先より雪が大粒になっていた。雨のように地面に落ちるその音が聞こえそうなほどに。