土間に降りると、そこにはお春さんがいた。

「奥さんはどちらに?」

「お隣さんに雪掻きを頼みに行きました。それ、お祖母さんのですよね。すぐ入れますよ」

お春さんは私の手から水入れを取った。かまど脇の水瓶から柄杓で水をすくい入れる。
その時、奥さんが帰ってきた。

「やれやれ、また降ってきた」

そう呟きながら肩に積もった雪を振り払う。家の前を子供たちが走り抜けていった。

「奥さん、雪掻きなら私がやりますよ」

「何を……」

呆れ顔の奥さんをみて思い出す。私は咎人の身であったと。私は苦笑を浮かべる。

「そうでした。今腰を痛めていました」

「そうなんですか? 大丈夫ですか?」

お春さんの驚いた声に、私は苦笑で返した。お春さんから水入れを受け取り、お母さんのところへ戻った。
私が来たのが開けた襖から見えたらしく、お母さんは声を掛けた。

「綺麗ね」

「そうですね。子供たちがはしゃいでいましたよ」

水入れを枕元に置く。
火鉢の火を見ながら、私は再び過去に思いを巡らせた。

ここの主人は不運な死だった。頼まれた家を建てている時に、近所で火事が起こった。燃え盛る焔に誰も近づけなかったという。火消しの到着も、焔の勢いは止まらない。その時声が上がる。

「まだ誰か中にいるぞ!」

オカアチャンという小さな声を聞き付けた人々が騒ぐ。主人は水をかぶり止める人々を押し退け、焔の中へ消えていった。祈るように焔を見つめる人々にとってそれは何時間も過ぎたように思われた。
奥から子供が駆けてくる。

「オジチャンがっ! オジチャンが助けてくれたの。でもオジチャンの背中に柱が倒れて……」

それ以上は言葉が続かなかった。子供は泣き喚いていた。
火が消えた時、太い柱の下じきになった遺体が見つかった。

「一之介さん」

またお母さんに呼ばれた。

「はい」

「あそこ、閉めてもらえるかしら?」

はい、と返事をしながら立ち上がり、襖を閉めた。

「冷えるわねぇ」

「湯たんぽ持ってきましょうか?」

「いえいらないわ」

私はそれ以上何も言わなかった。また土間ヘ行き、お春さんに先のことを追及されたくはなかった。

私は自室に行き、押し入れを開けた。ここに来てから詠んだ歌をしまってある箱を取り出した。
一番上にあるのは、まだ白いままの紙である。

「白雪の降り積む音の静けさや 我が縁にありつる濡れ褄なり」

雪の降り積もる音の静けさは、まるで縁側でそれを見ている(不運な今の)私の縁に着物の褄を涙で濡らす妻のようだ。

無論、私の歌は趣味であり、駄文そのものである。しかし、誰かに評価してもらいたいわけではない。言わば私の感情の捌け口である。

これを読めば、その時の自分の考えや感情を思い返せるから書いているのもある。

でも私はこれから死へと向かっていくのだ。
いつ読み返せよう。ましてお春さんたちに見られたら……。
そう思うと破り捨てたくもなった。
それでも、捨てられはしないとどこかで苦笑している自分もいた。