城をめぐります。有名無名関係なく、興味があるところならどこへでも!
今回のルート:西焼津駅-田中城下屋敷-長楽寺村郷蔵-仲間部屋・厩-茶室-土塁跡-亀石-本丸櫓-三日月堀(馬出曲輪)-本丸跡(西益津小)-御館跡(西益津中)-大手二の門跡-二之堀-三之堀と土塁跡-平島一ノ門跡-静岡駅-沼津魚がし丼アスティ静岡店
今回は田中城をめぐります。
スタートは西焼津駅です。藤枝駅からでも行けますが、歩くならこちらからの方が近いです。駅から徒歩30分ほどで田中城下屋敷に到着します。
田中城下屋敷に到着しました。冠木門と本丸櫓が見えています。
下屋敷には城内、城下にあった建物や庭園が移築・復元されています。
入口受付では御城印が販売されています。
田中城は1537年、今川氏によって築城されました。1570年頃、武田氏に攻め落とされ、馬場信春によって改修され、円郭式の縄張りになりました。1582年、徳川氏に攻められ開城、高力清長(こうりき きよなが)が入城しました。1601年、酒井忠利が田中藩主となり、城域を拡張し、総曲輪を設けました。
1616年、徳川家康が田中城を訪れ、鯛料理を食し、これが死因となったという伝承が残ります。
1868年、城主本多 正訥(ほんだ まさもり)が転封となり、後に城は廃城となりました。
鯛の天ぷらについて…通説では、鯛の天ぷらを食べたことが家康の死因と言われているが、ほぼ否定されていて、実際の死因は胃癌と考えられている。
まず、食事から死去までの間が三か月ほどあり、食中毒が原因と考えるのは不自然。
次に、当時の日本には「天ぷら」自体が存在しなかった(素揚げはあった)→無いものは食べられない。
田中城は全国的にも珍しい円郭式の縄張りを持つ城です。円郭式とは本丸を中心に、同心円状に曲輪や馬出が広がる縄張りです。
長楽寺村郷蔵。
仲間部屋・厩。
茶室。
下屋敷庭園跡。
土塁跡。
亀石。
本丸櫓。
本丸櫓二階。
下屋敷の周囲を巡ります。
三日月堀(馬出曲輪)。よく見ると、三日月型の堀があります。
本丸跡(西益津小)。
御館(御殿)跡。居館跡ですね。現在は西益津中。
大手二の門跡。
二ノ堀。
歩いていると道がゆるく弧を描いているのが分かります。円郭式縄張の名残のようです。
三之堀と土塁跡。
平島一ノ門跡。
静岡駅に移動しました。
休憩しましょう。
沼津魚がし丼アスティ静岡店さんです。
生ビール+マグロ丼DX…2160円。
赤身・中トロ・すき身が手軽に食べられる。
駅直結の店でタイパよし。
脂ノリは控えめで、くどくない。
ご覧いただきありがとうございました。
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