3/4読売俳壇・歌壇。

(矢島渚男選)

★冬銀河糸通したい星ばかり 行田市 吉田春代

★ここも昔は富士が見えたと梅見茶屋 東京都 尾碕三美 

★少女採り干した雁皮を紙に漉く 長岡京市 みつきみすず

 ※雁皮(がんぴ)はジンチョウゲ科の落葉低木。樹皮は三椏や楮とともに上質な和紙の原料となる。

★おんぶした赤ちゃん届く吊し雛 入間市 角貝久雄 

★捨てられぬ火鉢廊下の突き当り 佐野市 村野則高

★振り洗ふ絵筆三本水温む 東大阪市 土屋鉄男

★手を合せどんど見てゐる人ありぬ 会津若松市 星 静子

(高野ムツオ選)

★地の神に捧げるごとく椿落つ 呉市 青木紘二

 【評】椿が咲き、やがて実を結べるのも大地を司どる神、地母神のお陰。椿の木はそう思って自らの花を捧げる。神話世界を踏まえた発想が魅力。 

★さておいて子には食べよとほうれん草 大垣市 大井公夫   

 【評】わかる。あの根の赤いところ。作者も子供の頃、嫌いだった。しかし、栄養満点。「美味しいよ」と今は子供に勧める。

靨(えくぼ)ってかわいくない字ほうれん草 名古屋市 山守美紀 

★東北の寒さの生みし訛かな 大分市 加藤元二 

★寒明や砂山の影砂に伸ぶ 川越市 大野宥之介

★水仙に過ぎし列車の震えまだ 神奈川県 石原美枝子

(正木ゆう子選)

★外が好き夜が好きなり雪兎 小山市 松本喜雄

 【評】外が好きで夜が好きな人間って居るなと思って読むと、これは雪兎の話である。夜遊びが好きなのではなく、家の中に居ては溶けてしまうから。雪兎に魂があるような句。

★ざくざくと霜柱踏み家出かな 西東京市 永井康信

 【評】家出というと物々しいが、家族に反対されて、家出同然の門出ということだろう。歯切れの良い「ざくざくと」が、勢いを感じさせる。

★立ち位置を心得てをり梅の花 香取市 嶋田武夫 

 【評】庭の主役となる梅も無いではないが、花が小さいせいか、どこか控えめで脇役的な梅の花。しかし、だからこその梅の存在感でもある。 

★もっこすの貌でどすこい晩白柚 水戸市 加藤木よういち 

★前の世も後の世もなく春炬燵 川越市 益子さとし 

★重力に逆ふやうに雪がふる 石狩市 赤繁大河 

★切株も宇宙のかけら春を待つ 池田市 後藤和豐

★白鳥のたつぷりととる助走距離 対馬市 神宮斉之

★目尻下げ口角上げて春を待つ 白井市 毘舎利愛子 

★女子会にまぜてもらふや老の春 福岡県 松養花子

(小澤實選)

★冷たくはないのかピアス五個の耳 横浜市 三好れいこ

★保線夫のひとりは見張り雪煙 那須塩原市 谷口畔水

★恋をして座頭鯨のうたいけり 東京都 松永京子 

 【評】座頭鯨は、海の中で恋をして、雌を呼ぶために歌までうたうという。鯨だけでは冬の季語だが、鯨の、恋は春になるのかもしれない。

★大寒の天地あくまで澄みわたる 太田市 阪本和夫 

★新妻に汲まれときめく白魚かな 津市 中山道春 

★マネキンのスキンヘッドも春めきぬ 松山市 久保 栞 

★猪の罠仕掛けある寺の裏 下田市 森本幸平 

★モルヒネを打ち勝鶏の傷を縫ふ 名古屋市 可知豊親 

★掛軸の寝釈迦に香を焚きにけり 宝塚市 広田祝世 

★酌み交はす手の止まりたる霰かな 土浦市 小川智昭

(小池光選)

★懐かしやリンゴみたいなほっぺの子みつけて嬉し登校の列 横浜市 桃井恒和

 【評】言われてみれば、たしかに今の子供たちは赤いほっぺをしていない。リンゴみたいな頬は、健やかさのシンボルだった。今朝の通学風景、その赤いほっぺの子が人いた。 

★喉元まで思い出したる人の名を一歩足らずに「あれだよ、あれあれ」 新潟市 古泉浩子

★背伸びしてまた背伸びして歩みゆく尺取り虫はなにを見たのか 東京都 新美喜代男 

★ま寂しきものに師走の動物園 塀の内より象の鳴くこゑ 下関市 森 利治

★わが庭にうぐいす色の鶯のなきがらありて埋めてやりたり 小美玉市 松山 光

★百円のナイフを持ちてコンビニに押し入ることを知る悲しさよ 千歳市 鶴谷雪子

★「歯がなくてくしゃくしゃ顔もかわいいよ」じいじが好きという孫娘(まご)が居て 船橋市 田口勝見

★倒壊の家の前には一鉢の白きシクラメン供へられたり 山形県 伊藤啓泉 

★入選のたびに電話をくれる友春菊栽培いそがしき中 匝瑳市 椎名昭雄

(栗木京子選)

★贅沢は胸下までとす被災地を想いて満たすわが家の風呂の湯 東京都 白波悠子

★わたしもよ明石の君ねと手をとりて仲良くなったデイの友達 岡山市 前原和子

 【評】『源氏物語』に登場する女性の中で誰が好きか、と話が弾んだのであろう。「明石 の君」は運命を静かに受け容れる聡明な女性。文学を語り合える友達ができて良かった。 

★初売りの山と積まれし段ボール中から朝寝の猫が飛び出す 東京都 田中 隆

★大騒ぎ「竹と土、木で出来ている」孫は壁たたく婆ちゃんの家 奈良市 甲斐田八重 

★苦しいと言わずに死んだ父の魂ゆったりと行く冬の浮き雲 松江市 三方純子

★繰り返し流るるニュース戦争とボランティアとが影と光に 四街道市 望月正彦

★正面に「和顔愛語」の扁額飾る村の総会舌戦止まず 桜井市 山本光男

★七回忌で墓前に揃うその中に母の知らない曽孫が二人 習志野市 吉田昌子

(俵万智選)

★ババなんて持っていないの顔をする近ごろどうだと娘に問えば 東京都 富見井高志    

 【評】父は、娘の表情に何かしら心に隠し事がある気配を感じたのだろう。ババ抜きの比 喩が秀逸だ。かつてトランプで遊んだような仲良き距離感も出ている。

★オリオンが空を横断する間きみの寝顔を見つめたかった 大和郡山市 大津穂波

★口に出すほどではないけど嬉しくてこんな時こそシッポがほしい 守口市 小杉なんぎん  

 【評】言葉にするのは大げさだし、ガッツポーズとかも恥ずかしいし。なるほど、シッポとは自然に喜びを表現できるすぐれものなのだ。

★あの人になれる気のした少女の日窓辺にひとり詩集を読みて 仙台市 小野寺寿子

(黒瀬珂瀾選)

★非正規は触れてはならぬと暗黙の決まり有るなりエアコンボタン 狭山市 奥薗道昭

★良きニュース読みたくなりて 「エンタメ」の項を開けば誰か不倫す 静岡市 海瀬安紀子

★無期囚と齢同じき老看守「先に出る」とぞ定年を告ぐ 仙台市 長岡義宏

★身をすくめ避難所に眠る人ら思ふこころ痛々し夜の白雲 青森市 安田渓子 

★生還の父より命受け継ぎて和のつく名前背負いて生きる 香取市 清水和子

★おのづから報復とふ語の飛び交ひて戦なき世の難きを思ふ 藤岡市 丸山直樹

★がんばれーのれーの語調のタンポポの黄に照らされて立春間近 下野市 海老原愛子 

★普賢岳の荒き山肌あきらかに対岸に見ゆ霜ふかき朝 天草市 野口久仁子

★詠みて救はれ読みて傷つき母想ふ今日の波濤のさらに高しも 日高市 柳橋正人

★志ん生の火焰太鼓を聴きながら何とかなるか明日は明日 札幌市 多米 淳


◎「俳句あれこれ」ときめき永久に③

ときめき永久に③ 池田澄子


 俳句形式に心を動かされたのは三十歳代も終わりに近く、そのことに、私自身がとても驚いた。そして偶然のように買った「俳句研究」という今は無い俳句雑誌は、その私を一層驚かせ引き込みました。編集長は高柳重信で多く若手の論客に書く場を与えていました。


 そして毎年11月号は「五十句競作」という重信の選が行われていて、発表される作品の俳句の広さ深さに心躍りました。いつか私もその選を受けようと決めながら、「いつか私も」が、「今年は私も」になる直前に、重信は突然亡くなられた。その競作で攝津幸彦を知り、深く憧れました。この句です。絶句しました。 


★南国に死して御恩のみなみかぜ 幸彦


 私の父は漢口で戦病死し、母の弟はニューギニアで戦死、多分餓死。この「御恩」の哀しさ。皮肉だけでは済まないゴオンという音、平仮名の「みなみかぜ」の不確かな温度。俳句形式って凄い詩形式。


※「ときめき永久に」の①と②はこちら↓

◎「俳句あれこれ」「ときめき永久に①」(池田澄子)

https://ameblo.jp/kawaokaameba/entry-12841429404.html

◎2/26「ときめき永久に②」 (池田澄子) 2/26読売新聞掲載

https://ameblo.jp/kawaokaameba/entry-12842291427.html