○円福寺(旧河南寺) えんぷくじ   徳島市下八万字山 ・・・・ 阿波誌・名東郡 

 真言宗で慶長12年宥尊上人によって開かれた。当初は河南寺と称し、下八万村の橋本名にあったが、元禄7年(1694)現在地に移転し、現寺号に改めたという。江戸時代から明治初年まで南に隣接する蛭子(えびす)大明神の別当寺としても知られた。

 ○鬼神岳城 きじんがだけ    徳島市上八万 ・・・・・ 古城諸将記  

 上八万町大里の東方、水落(みずおち)にあって、西の岳下には園瀬川が流れ、そこは絶壁で、「鬼神が淵」の名がある。城跡(高さ約50m)への上り口は、城の東辺水落氏宅裏にある。 城主河南駿河吉清は、家系は小笠原源氏で、紋は松皮菱、添紋は下箙(えびら)、馬印・幕紋は一つ星である。天正10年(1582)、夷山城において長宗我部元親のために成助らと共に殺害された。  (おわり)