たまたま、席が隣だった。
偶然が重なって、話すようになった。
一度別れた二人が、奇跡的に別の場所で再会した。
偶然同じアーティストが好きで、Liveで出会った。
たまたま、同じ日にスキーに行き、
たまたま、同じゲレンデをすべり、
たまたま、食事の時間が重なり、
たまたま、声をかけられた。
私達の命は、そんな「たまたま」が重なって
きっと存在しています。
私は、父と母がたまたま同じ日に淡路島に行き、
たまたま同じビーチで海水浴を楽しみ、
たまたま母がジュースをこぼしたことから
父と母は出会いました。
お父さんと、お母さん。
おじいちゃんと、おばあちゃん。
すべての出会いは、奇跡的なたまたまが続き、
私達の命は存在しているんだ。
あなたの隣にいる人も。
まるで、この世界にあなたの命が
どうしても必要なんだと言わんばかりに。
父と母の出会いを聞いてみると、
そこには、針の穴を通すほどの偶然が存在する。
たまたま同じ曲を聴いていた。
たまたま雨が降って傘が1本しかなかった。
たまたま行きつけの店で働いていた。
たまたまラス1の商品に同時に手を伸ばした。
ごくごく平凡な出会いでも、
本当に奇跡的なタイミングで
奇跡的なことが起こり、奇跡的に出会ってるんだ。
私達は、奇跡の中で生まれ、
奇跡の中で生きているんだ。
そう思うと、なんだってできる気がする。
だって存在が奇跡なんだから。
そう思うことにしてる。
きっと今日も、奇跡の中で生きるから。