<読者様から送られた、忘れられないエピソードを公開していくコンテストです>

素敵だなと感じたエピソードには“いいね”や“コメント”をすると

応援することが出来ます。

みんなで応援しよう!

 

エントリー④

ペンネーム MIMIKO

 


「さようなら」という言葉

数年前のある立春前の旅先でのこと。

 


自然豊かな山あいにある小さな古い街並みの中、
片隅にひらけた、バスや車がぐるりと旋回できるくらいの広場で、
かろうじて屋根と行き先の看板だけがあるだけのバス停のベンチで
日も傾いてきて少しだけ心細くなってきた。

 


どれくらい時間が立ったのだろう?
気づくと1人のお年寄りがどこからかやってきて、
私の隣に「よいしょ」、っと腰を下ろした。

 


モヘアでふわふわしたきれいな網目に

仕上げられた手編みのニット帽をかぶった
少し丸くなった小さな背中が隣で揺れ、

顔を上げると星が瞬くようなキラキラと好奇心いっぱいの大きな目で
ふと私を覗き込んで、「こんにちは」、と、笑った。

 

小柄でかわいらしい、おばあちゃんだった。

 


わたしはその目やスッと伸びた背筋や腰に回した手や、

寒さにほんのり桜色の血管が透けるような真っ白な肌を

「きれいだなあ」と時々盗み見ながら、
会話を楽しんでいるうちに

さっき感じた寂しさも忘れてしまっていた。

 


そうしているうちに小さなバスがガタガタとバス停にやってきて、
乗り込んだ私たちの後から病院帰りの足を引き摺ったお年寄りや
学生服を着た二人連れの女子学生が次々とどこからか現れては
小さなおばあちゃんと挨拶を交わしながら

県境の温泉地に向かうバスに乗り込む。

 


やがて大きな音を立てて扉が閉まったバスは
わたしの泊まる温泉地に向けてのろのろと走り出した。

 


乗客たちは少しづつ離れた席に座っていたけれど、

後ろを振り向いたり
手を振ったりしながらお互いに親しげに、

時には大きく笑いながら話し込んでいた。

 


わたしは突然よそ者だと思い出し

少しだけ居心地が悪くなった気がして
運転手さんの頭越しに開けていく新しい景色を見ているフリをしていた。

 

 

バスはどんどん進み、

舗装された道路の両脇には次第に広い渓谷が現れていく。

 


ひとり、またひとりと乗客が降りる度
ちいさなおばあちゃんはどんなに楽しそうに親しげに話していても
誰かが降りるたびに「さようなら!」と笑顔を向けたかと思うと
すぐ目を離して誰かとの会話に戻るのだった。

 


その度にわたしの内側はもやもやした。
「さようなら」ということばを聞くたびに
なんだか寂しく感じるのは何故だろう?
どうして「またね」じゃないんだろう?
本当は仲良しじゃないのかな?


ついにおばあちゃんとわたしだけになった時、
おばあちゃんはわたしに笑顔で振り返った。

 

 

それから少しの間、

最近は植林が進んで春には毎年スギ花粉がすごいことや
以前は林業を生業にしていたが

今は引退して時々こうしてバスに乗って街に出ることなどを
透き通る目をくりくりと輝かせながら

言葉を丁寧に選びながら話してくれた。

 


「さて」

 


大きくカーブを曲がった後、ちいさなおばあちゃんは
そう言ってバスの降車ボタンを押すと
「うちはあそこなんだよ」と

澄み渡る広い川に渡された橋を渡った先にある
木々が茂り太陽を遮った薄暗い水辺の小さな小屋を指さした。

 


周りに家も、お店もない......

あそこにおばあちゃん1人で住んでいるの!?
そう思ったわたしにおばあちゃんは
「さようなら」と、にっこり笑ったかと思うとあっという間にバスを降り
小さな小屋のおうちに向かってゆっくりと歩いて行った。

 


すぐに動き出した進むバスの後ろの窓から
どんどん小さくなるおばあちゃんの姿を見つめ
見えなくなった頃、空にはうっすらと星が光り始めていた。

 


ああ。


突然、おばあちゃんが言った「さようなら」という言葉が
わたしの心にぽとりと落ちて、波紋のように広がったように思えた。

 


今日出会った人にさえ、

いつ会えない日が来るかわからないのだということを
おばあちゃんは毎日の生活の中で身をもって感じているんだ。
だから別れを「さようなら」で区切るのだ。

 


今日が、明日が、どのようになっても、そのままに受け入れる。
昔の日本人はきっとおばあちゃんのように
私たち人間も秋には色が変わって枯れて落ちる木の葉のように
自らが自然の一部であり移り変わりいつかは必ず朽ちるということを
心の底から受け入れて生きていたんだろう。

 


それにくらべわたしは、なんて傲慢なんだろう。
きっとまた会えると思っている、

また同じような時が来ると思っていた自分を恥じた。
「さようなら」を怖がらず「また」があれば心から喜べばいいんだ。


くりくりと動くおばあちゃんの目が
深い空に広がる無数の星たちに重なった。

 

わたしは一生忘れないであろうこの出会いに
小さく、出来る限りの敬意をもって、「さようなら」と呟いた。

 

 

エントリー④

作 MIMIKO


 

 

エピソードのグランプリを決めるのは、この記事についた
「アメブロいいね数」+「アメブロコメント数(1コメント3いいねとして計算)」です。

 

 

アメブロコメントは、アメブロアカウントがなくても

コメントできるようにしておりますので
応援したいエピソードや、「これ素敵!」というエピソードがあれば
どうぞ、応援コメントをしてください♪

 


<応援投票期間は 11月22日~30日まで>