インドネシア、スラウェシ島の洞窟には、ヨーロッパの上部旧石器芸術より古い物語(narrative)洞窟壁画のあることが知られているが、このほどオーストラリア、グリフィス大のアディー・アガス・オクタヴィアナ(Adhi Agus Oktaviana)やマキシム・オーベルト(Maxime Aubert)博士らの研究チームは、新しい年代測定法を用いて、従来よりもさらに古い年代、少なくとも5万1200年前の値を得たことを英科学誌『ネイチャー』7月27日号で発表した。年代値が正しければ、物語を伝える洞窟壁画としては最古のものとなる。


マロス・パンケップ地域の洞窟壁画に新しい年代測定法を応用​

 今回の年代測定には、標準的な洞窟壁画の年代測定法ではなく、新しい方法が用いられた。これにより、スラウェシ島の多数の洞窟壁画についてこれまでに推定されていた年代が、少なくとも5700年は遡ることになった。

​​ 具象洞窟壁画の見つかっているのは、「K」の字状のスラウェシ島の左の縦線に当たる同島東南部マロス・パンケップ地域だ(地図)。

 


 これらの洞窟のうちリアン・ブル・シポン4(Leang Bulu’Sipong 4)洞窟で見つかった狩猟シーンの壁画は、従来のウラン系列法で少なくとも4万3900年前のものとされ、物語を伝える洞窟壁画としては世界最古のものの1つとして知られていた。これに新しい年代測定法であるレーザーアブレーション・ウラン系列画像化法(LA-U系列法)を用いた結果、この壁画は少なくとも約4万8000年前のものと測定された。これまで考えられていた年代より約4000年古い。​​


リアン・カランプアン洞窟壁画に5.万1200年前の古い年代値​

​ 次に、研究チームは、同じ地域のリアン・カランプアン(Leang Karampuang)洞窟で発見された具象芸術で、これまでに年代測定が行われていなかった壁画(野生イノシシと戯れる3人の人間らしき姿=写真)について、LA-U系列法を用いた年代測定を行ったところ、この壁画が少なくとも5万1200年前に描かれたことが推定された。​

 


レーダー用いて炭酸カルシウム試料を詳細に分析、従来より精度向上​

 年代が4万年前くらいまでは、木炭を顔料に用いた壁画は放射性炭素年代測定法が用いられるが、そうでない場合は洞窟壁画上に自然に形成される炭酸カルシウム層を採取し、その中に含まれるウランの放射性崩壊で生じたトリウムを測定するウラントリウム法が用いられる。だが炭酸カルシウム層の成長履歴が複雑なために、この手法では、炭酸カルシウム層に覆われた下の壁画の本当の年代が少なく見積もられていた。

 新方法のLA-U系列法は、質量分析計と結合したレーザーを用いて炭酸カルシウム試料を詳細に分析し、より正確に年代を算出できる。この新しい手法により、顔料層に物理的に近い位置にある炭酸カルシウムの年代測定が可能になり、その結果、洞窟壁画の年代測定の精度が向上した。

 これらの調査で、リアン・カランプアン洞窟の壁画は、これまでに報告されている洞窟壁画の中で最古の具象画であり、物語的な光景としても最古のものであることが判明した。

 

島に渡海してきた人類は非ホモ・サピエンス、誰なのか?

 それにしても東南アジアのスラウェシ島の洞窟壁画が、これほど古いのは、従来観からすれば驚異的である。

 スラウェシ島は、氷河期の海面低下期でもスンダランドと、すなわちアジア大陸と陸続きになったことはない。マロス・パンケップ地域に洞窟壁画を残した人類は、それ以前に海路でスラウェシ島にやって来たことになる。

 またリアン・カランプアン洞窟に壁画が描かれた時期、まだホモ・サピエンスはスンダランドには出現していない。つまり描いたのは、別の人類ということになる。候補となるのは、既知の人類ではホモ・フロレシエンシスかホモ・ルゾネンシスということになるが、果たして彼らに具象芸術を残す能力があったのかどうか、論議をよぶことになろう。


昨年の今日の日記:「スターリニスト中国の対日団体観光客の解禁;迷惑のタネが押し寄せてくる」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202308110000/​