5月19日にオンボロ米製ヘリコプターに乗っていて墜落死したイラン前大統領のライシに謀殺説がある。5月25日付イギリスの「エコノミスト」紙に、ライシの事故死にまつわる様々な疑惑を書いている(日本語訳は28日付日経新聞に掲載)。


最高指導者ハメネイの葬儀での素っ気ない態度​

​ まず同紙記事冒頭で、ライシを大統領に指名し、後継最高指導者として育成してきた現最高指導者のハメネイ(85歳)の葬儀での素っ気ない追悼の態度に触れている。「もう少し心をこめた」表情で追悼の辞を述べたら、ライシの死を事故と信ずるイラン国民はもっと多かったろうと述べている(写真=ライシらヘリ墜落の死亡者の棺に祈りを捧げるハメネイのその取り巻きら)。​

 

 

​ 4年前にアメリカ軍の無人攻撃機で爆殺されたイラン革命防衛隊司令官のソレイマニ(写真=ハメネイから勲章を授与されるソレイマニ)の葬儀ではハメネイは涙をこらえきれないほど哀悼の感情を露わにした態度とはあまりにも対照的だったとイランの高官は指摘したという。​

 

 

 またハメネイによるライシへの追悼演説では、ライシが自称していた「アヤトラ(神のしるし)」の称号をあからさまに省いたともいう。ちなみにアヤトラは最高指導者になる要件で、ライシにはその資格がなかった。


現場は晴れていたという証言も​

 ライシ遭難の報を受けての救助活動の鈍さも疑念を生んだ。イラン赤新月社(西側などの赤十字社に相当)は、救助隊員が現場に徒歩で向かわねばならなかったことに驚いた。したがって現場への到着も、信じがたいほど時間がかかった。

 ライシの搭乗機を護衛していたヘリ2機は、「悪天候」にもかかわらずぶじに帰還していたことも奇妙に思わせた。護衛ヘリに搭乗していた大統領首席補佐官は、公の説明に反して現地は晴れていたと述べた。

 深い霧に巻き込まれて墜落死したという公式発表に疑いが差し挟まれている。


ライシに不快感抱いていたハメネイの息子のモジュタバ​

​ ライシが後継者レースで先行しようとしていたことに誰よりも不快感を抱いていたのは、ハメネイの息子で、その財産と政治的・宗教的権威を世襲しようとして図ってきた息子のモジュタバ(55歳=写真)だという。そのモジュタバの不快感は、父のハメネイに確実に伝染していただろう。​

 

 

 ハメネイは自らが最高指導者に就いてから5人の大統領を指名してきた。ライシもそれで、数十年もかけて自己のイエスマンとして、そして後継者の1人として育ててきた。そのライシが、2021年に大統領に就いて、限られてはいても国政の権限を振るうようになると、モジュタバとさらにはハメネイに猜疑心を呼び起こしたらしい。

 大統領就任後、ライシは少しずつ周囲に影響力を広げ、イスラム体制内の不満分子を集め、モジュタバへの反対陣営を築こうとしていた。少なくともモジュタバは、そう疑った。実際、ハメネイの近い親族で長年イラン議会議長を務めたガリバフと公衆の場での口論が周囲に目撃されている。


誰が最も利益を受けるのか​

 殺人などの刑事事件が起こった時、捜査官がまず考えるのは、誰がそれで一番利益を受けるのか、ということだ。ライシの死で最も利益を受けるのは、ハメネイの後継レースで最有力馬にのし上がったモジュタバであるのは明らかだ。革命防衛隊強硬派も、それを望んでいたようだ。

 だとすれば――。「エコノミスト」紙は、さすがにそこから先は論を進めていない。

 ともあれライシの「事故」死は、イラン政権内部でも疑惑を呼んでいることは確かなようだ。しかし、それでクーデター騒ぎや騒乱が起こることは無い。イスラム原理主義体制は盤石だからだ。


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