​ イカの中でも美味しいとされ、刺身や寿司種として人気があるヤリイカ(写真)。最近は値段も高くなったから、東京周辺ではめったに食べられない。思えば、昨年4月に訪れた函館で毎晩、ヤリイカを食べたのが懐かしい。​

 

 


早生まれのオスは早く成熟してオスとペアに​

 さて、そのヤリイカ、寿命が1年しかなく、繁殖期の1月~5月頃に繁殖を終える死ぬ。その短い生涯の間に、オスは自分の遺伝子を残そうとメスをめぐって厳しい繁殖競争をする。その繁殖戦略は、大きなオス個体がメスをすべて独占するハレム型を採ることが多い大型哺乳類と異なり、小さなオス個体もちゃんと次世代を残せるという変わった戦略をとる。

 大さなオス個体が他のオス個体と戦ってメスを勝ち取ってペアになって繁殖はするけれども、小さなオス個体にも救済がある。大きなオス個体とメスとのカップルの隙をつき、メスに自分の仔を生ませようとする「間男(まおとこ)戦略」を取るのだ。


遅く生まれたオスは「間男」になるしかない​

 さて、それではメスとペアとなれる大きなオス個体と間男戦略を採るしか小さなオス個体を分ける要因は何なのだろうか。

​ 東大大気海洋研究所の岩田容子准教授(写真=ダーウィン像の横に立つ岩田准教授)らの研究チームは、ヤリイカのオスの繁殖戦術は誕生日によって決定されることを明らかにした。つまりヤリイカのオスは、生まれた瞬間に、繁殖の際にライバルと正攻法で戦うかスニーカー=間男になるかが決まっているということなのだ。遅く生まれたら間男になるしかない、というのもやるせないが、ともあれこの研究成果はイギリスの生物学術誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Science」5月11日号に掲載された。​

 


ペアに割り込みメスの体外にちゃっかり精子を付ける小型オスのスニーカー​

 ヤリイカのオスは、繁殖のために他のオスと戦ってメスとカップルになれる「ペア」オスと、ペアに割り込んでちゃっかりと自分の子孫を残す間男、すなわち「スニーカー」オスに分かれる。ちなみに「スニーカー」とは、「こそこそした」や「卑劣な」という意味を持つ「sneaking」から名付けられており、他のオスの目をかいくぐったり欺いたりしてちゃっかり、こっそりと繁殖するオスを表す。

 岩田准教授らはこれまでもヤリイカの繁殖戦術を研究していて、①ヤリイカのオスには大型と小型の2種がいること、②大型オスはペアになりメスの体内(輸卵管)に精莢(精子のカプセル)を付け、小型オスはペアに割り込みメスの体外(口の周辺)に精莢を付けるという代替繁殖戦術を行っていることなどを観察していた。


遅生まれのオスにも用意されている繁殖のチャンス​

 オーソドックスな体内受精するペアオスはライバルと戦うリスクがある一方、体外受精するスニーカーオスは精子が水中で拡散してしまったり卵に出合える確率が低くなったりなど、ペアオスとは違った繁殖リスクを負う。一方でヤリイカのメスは、繁殖期を通じてペアオス、スニーカーオスの両方の精子を蓄え、産卵時には両方の精子の混合物を使用して卵を受精させる。スニーカーオスにも、ペアオスほど確実ではないが、自分の精子を受精させる期待はできる。

 まぁ、普通に考えれば、オスなら誰でも確実に自分の遺伝子を残せるペアオスになりたいだろう。しかしそれなのにスニーカーにしかなれないオスがいる。

 研究チームが調べたのは、ヤリイカのオスがペアとスニーカーのどちらの戦術をとるかは、何で決まるのか、ということだった。それは、誕生日(孵化日)によって決まることを明らかになった。


「平衡石」で年齢査定​

 ちなみに動物種には孵化日によって繁殖戦術が決定されるものもあるという「誕生日仮説」は、1998年にスイス、ベルン大学の進化生態学者マイケル・タボルスキー博士によって提唱された。

 早く孵化すると、それだけ成熟までの期間が長く取れ、その分栄養も多く、それだけ体サイズも大きくなれる。孵化期の遅いオス個体は、その点、不利だ。当然、オスの繁殖戦略に影響する可能性がある。

 これまで「誕生日仮説」が実証されたのは、コクチバスなど魚類3例のみだった。この仮説は無脊椎動物の軟体動物イカでも成り立つのだろうか。

​ 研究者たちは、ヤリイカの誕生日仮説が成り立つかを検証するために、「平衡石」と呼ばれる器官を観察した(写真)。平衡石は、炭酸カルシウムを主成分とした硬組織で、イカ類の頭部に一対ある。木の年輪のように毎日1本の成長輪紋が作ることが特徴で、この本数を数えれば採集時の個体の日齢が分かるため、さかのぼれば誕生日も知ることができる。​

 


年齢査定でペアオスとスニーカーオスの違いがはっきり​

 年齢分析のために、宮城県沖で繁殖期を中心とする様々な時期に定置網や底引き網でヤリイカのオス201頭(ペアオス97頭、スニーカーオス38頭、未成熟オス66頭)を捕獲して調査した。その際、精莢が発達していなければ未成熟オス、精莢が長くロープ状ならばペアオス、短くドロップ型ならばスニーカーオスと判別し、それぞれの推定年齢(日齢)と誕生日を確認した。

​ すると、推定日齢はペアオスが187~381日、スニーカーオスが167~295日だった。一方、捕獲日と捕獲時の日齢から逆算した誕生日は、ペアオスが4月11日~7月23日で平均日は6月4日、スニーカーオスは6月2日から8月24日で平均日は7月14日だった。つまり、早期に孵化したオスはペアオスになりやすく、遅れて孵化したオスはスニーカーオスになる傾向が確かに認められたのだ(グラフ)。​

 


スニーカーオスにも自分の遺伝子を​

 さらに、繁殖期の半ばにあたる3月までに採取されたサンプル中には、未成熟オスが存在していた。その特徴は、誕生日は3月29日~7月18日とペアオスと大きな違いはなかったが、身体はスニーカーオス程度でペアオスよりは小さなサイズだった。この結果は、観察された誕生日の早い未成熟オスは、体サイズではスニーカーオスだが、孵化した日によってすでにペアオスになる運命をたどっているため、スニーカーオスとはならずに成熟過程にあると考えられた。

 生まれ日で、ペアオスになるかスニーカーオスになるか決まってしまうというのは、孵化が早かった個体はそれだけ栄養が多く、体サイズも大きいから、通常の繁殖を行い、進化的にはそれが最も合理的だからだろう。しかし生まれ日の遅かった体サイズの個体にもスニーカーオスというリターンマッチが用意されているのは、それしか自身の遺伝子を残す途がないからだ。そういう不利な環境でも、メスに受精させ、仔を作れるのなら、その遺伝子は良質であることを示す。

 ちなみにオスのスニーカー戦略は、サケや霊長類、鳥類の一部でも存在することが認められている。


海水温の高温化での漁業の変化に対応できるか​

 この研究は、近年の海水温の上昇による漁獲環境の変化に対し、何らかの対策を行えるかもしれない可能性を示唆する。今、北海道や東北では、高海水温化の影響でか、イカをはじめサケ・マスが捕れなくなっており、その代わり暖海性のブリ、フグが網にかかるようになっている。

 高海水温化でも誕生日仮説をうまく応用すれば、資源を増やせるかもしれない。


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