今の季節、低山の森を歩くと、どこかからウグイスの鳴き声が聞こえてくる。しかし声だけだ。姿を観たことを、僕はない。


メジロを誤解されたいくつかの理由​

 ウグイスは山の藪の中にいて、人前にほとんど出てこない。そしてよい声で鳴いているのはオスで、メスにラブコールを送っている。

 ウグイスほど、人々に誤解されている鳥はあまりない。最大の誤解は、「梅に鶯」だ。咲き誇ったウメの木にやって来て、嘴に花粉をつけながら蜜を吸っている。しかし、それはほとんどの場合、ウグイスではない。

 そもそもウメの花に、ウグイスは来ない。

 理由のその1は、警戒心がとても強い鳥なので、人の観ている梅林などにそもそも来ない。その2は、この時期、まだ恋の季節ではないのでも、オスは囀らない。

 そして最後に食べ物が違う。ウグイスは昆虫食なので、この時期、ほとんどが越冬中の昆虫はウメの木にはいない。
 

ウメの蜜を吸いに来るメジロをなぜかウグイスと誤解した万葉集の歌人​

 なら、「梅に鶯」は、古人は何を見て「鶯」と言ったのか。物の本によると、万葉集には、梅と鶯が出てくる歌は13首も収められているという。

​ おそらく昔の歌人が歌に詠んだほとんどは、実はメジロである。メジロは、鶯色の羽をした可愛い鳥だ(写真)。​

 

 

 

​ 一方、本物のウグイスは、羽毛は鶯色をしておらず、見栄えは良くない(写真)。​

 

 

 なぜか知らないが、古人はウメの花に蜜を吸いに来るメジロを、春を告げる鳥として鶯と詠んだのだ。

 これは、その後の人たちに大きな影響を与えた。
 

万葉集の歌人の誤解は今も​

 昔、あるSNSの投稿欄で、咲くウメの花にウグイスが来ていて心が和んだという記事を読んだ。典型的な取り違えである。その方は某有名女子大の国文科卒の方だった。きっと万葉集の歌に影響されたのだろう。僕は、その方のプライドを傷つけないように細心の注意を払って、たぶんご覧になったのはメジロだと思います、と個別にコメントを送った。

 幸い、その方はあちこちのネットを歩き回って、すぐに過ちを認められ、「識者からの教示で」と言って訂正のコメントを書いた。「識者」とは面はゆいが、ことほどさように知識人の間にも「梅に鶯」の思い違いが定着している。


昭和の初めまで誤解されていたブッポウソウ=森の宝石​

 これと似た大誤解の鳥に、「ブッポウソウ」がいる。

​ 全長30センチくらいで、頭が黒褐色、嘴と脚が橙色、全身が光沢のある青色の鳥で(写真)、あまりに美しいので、「森の宝石」と呼ばれる。寺社の森などで多く見られる美しい鳥であることから、「霊鳥」として大切にされてきた。

 

 

 この鳥が「ブッポウソウ」、すなわち「仏法僧」と名付けられたのは、実は誤解である。

 寺社の森で夜鳴く鳥の声が、「ブッ、ポウ、ソウ」と聞こえ、「仏・法・僧」の三宝を象徴するとされた鳴き声がこの「森の宝石」の鳴き声と信じられ、「ブッポウソウ」の名が付けられた。

 しかしその後、「ブッ、ポウ、ソウ」の鳴き声は、小型のフクロウの仲間のコノハズクだと分かった。しかも、それが判明したのは昭和初期だという。実に信じられないほど長期間、誤解がまかり通っていたわけだ。ちなみに「森の宝石」の本当の鳴き声は「ゲエッ」という悪声だそうだ。


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