​ 古代ギリシャの歴史家ヘロドトス(写真=大理石製胸像)は、2400年以上前に、遊牧騎馬民族のスキタイ人は、人間の皮を使って矢筒を作ると書き残した。これまでまさかと疑問視されることが多かった記述だが、このたび、事実だったことが確認された。イタリア、パドヴァ大学の考古学者マルガリータ・グレバ教授らの研究成果だ。​

 


紀元前5世紀の墳丘墓から出土した革製品を分析​

 2023年12月13日付けで電子学術誌『PLOS ONE』に発表された論文には、「この調査結果によって、ヘロドトスの恐ろしい主張が裏付けられたものと考える」とある。

 ヘロドトスによると、スキタイ人は最初に殺した人間の血を飲んだり、頭皮を集めたりしていたという。「死んだ敵の右手から、皮や爪などあらゆるものを集め、矢筒のカバーにする者も多い。人間の皮は厚く、光沢があるので、あらゆる動物の皮の中で一番明るく白いとも言われる」と、ヘロドトスは紀元前5世紀に記している。

 今回の研究では、これまでに発掘されたウクライナ南部にあるおよそ2400年前のスキタイ人の墳丘墓(クルガン)18機で出土した革の断片45個と毛皮の断片2個を分析した。


蛋白質の分析で矢筒のヒトの皮を同定​

​ 「ペプチドマスフィンガープリンティング」と呼ばれる技術を使って特徴的な蛋白質(皮膚のコラーゲンと毛皮のケラチン)を調べたところ、45個中36個で動物の種を特定できた。そしてそのうち2つは、明らかにホモ・サピエンス、つまり人間のものだった。どちらも、ヘロドトスが述べたように、矢筒に使われていた(写真)。​

 

 

 ただ人間の皮が使われていたのは、矢筒の最上部だけのようで、それ以外はウシや野生のキツネなどの「普通」の動物の革で出来ていた。複数の動物の皮を組み合わせて使うことが多く、そこに人間の皮が加わることもあったのだ。


目を奪うばかりの豪華な黄金製品で有名​

 ヘロドトスは、著書『歴史』全9巻のうちほぼ1巻をスキタイ人に割き、黒海の北に住む騎馬民族と記したが、スキタイ人やそれに関連する遊牧民グループの考古学的証拠は、ウクライナから中国西部にかけてのユーラシアのステップ地帯で広く見つかっている。

​​​ 特にクルガンに副葬された黄金製品は、目を奪うばかりの逸品が多い(下の写真の上=黄金製の胸飾り。ウクライナのトルスタヤ・モギーラ墳丘墓から見つかった紀元前4世紀に作られた重さ900グラムほどの精巧な金細工。動物意匠と共に遊牧民の生活が描かれている。下の写真の中央=スキタイ人戦士が被っていた黄金製ヘルメット。下の写真の下=馬に乗ったスキタイ人戦士を描いた黄金製飾り板)。​​​

 

 

 

 

 ドイツ、マックス・プランク進化人類学研究所の考古遺伝学者で、スキタイ人について研究しているグイド・ネッキ・ルスコーン博士によると、スキタイ人は紀元前900年頃のカザフスタン東部にあるアルタイ山脈に起源を持つと考えられるという。


ヘロドトスの証拠は伝聞だが​

 スキタイ人に詳しいイギリス、オックスフォード大学の考古学者バリー・カンリフ卿によると、ヘロドトスが紀元前444年頃に、ギリシャの植民地だった黒海北岸のオルビアを訪れており、その時に、この情報を得たのではないかと考える。

 だから伝聞証拠と言えるのだが、「オルビアでいろいろな人と話をし、様々な話をつなぎ合わせたのだろう」とカンリフ卿は述べる。だからヘロドトスが書いたことはおそらく正しいが、その情報はつぎはぎなので、すべてのスキタイ人が同じことをしていたとは限らないと注釈している。

 

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