2億年前以上の三畳紀には、シャチのような頂点捕食者である巨大な魚竜が海を泳いでいた。中でも最大の体長約25メートルに及ぶ新種イクチオタイタン・セベルネンシス(Ichthyotitan severnensis)が新たに発見され、その研究論文が4月17日付けネット学術誌『PLOS ONE』に発表された。


約2億年前の顎の骨​

​ 新種発見のきっかけは、数年前に発見された珍しい化石だ。論文の筆頭著者で、イギリス、ブリストル大学の古生物学者ディーン・ロマックス博士(写真)のチームが2018年、種を特定できなかったものの、イギリスで発見された魚竜の骨の一部を記述していた。この骨片はあまりに大きく、恐竜の骨と間違われたこともある。​

 

 

​ もっと多くの標本が見つかるとのロマックス博士の期待は裏切られなかった。2020年、化石愛好家のルビー・レイノルズ氏とジャスティン・レイノルズ氏がイギリス、サマーセットで魚竜の顎骨を発見したのだ(写真=顎の骨と一体化した二枚貝化石)。

 

 

 何の骨かを突き止めようと、2人は文献を渉猟し、ロマックス博士らの2018年の論文を見つけて博士に連絡を取った。

 およそ2億0200万年前のこの顎の骨は、最初の標本より保存状態が良く、そのおかげで2つの巨大な骨が同じ種のものであることを確認できた。なお、イクチオタイタン・セベルネンシスという名前はこの種の推定される大きさと、2つ目の骨が発見されたセバーン川の三角江にちなむ。


三畳紀は化石記録の空白期​

 イクチオタイタン化石は三畳紀末期のもので、三畳紀末期は魚竜の化石記録の空白期とされている。これまでに発見された巨大な魚竜はすべて、北米やアジアのより古い岩石で発見されたものなので、イクチオタイタンは全く新しいグループである可能性が高い。

 イクチオタイタン顎骨は長さが1.8メートルもある。ここから考えてこの動物が超巨大だったことは間違いない。だが、イクチオタイタンの正確な大きさについては、研究チームは明言を避けている。

​ 現在のところ、イクチオタイタンで見つかっている骨は、下顎のうち上顎と関節する部分の「上角骨」が2つだけだ。これがもし、アメリカ南西部のショニサウルスなど、世界の他の場所で発見された巨大魚竜と同じような体形だとしたら、イクチオタイタンは体長約25メートルと、シロナガスクジラに迫る大きさだったと推定される(想像図)。​

 


外洋性で死体も他の動物に食べられた可能性​

 これほど大きな動物の骨がわずかしか残っていないのは奇妙に感じられるが、巨大魚竜の完全な化石を見つけるのは実は難しい。

 彼らが外洋に暮らしていたことが原因かもしれない。巨大な動物の死体は、他の動物に食べられる時間が長くなる。少なくともイクチオタイタンの顎の1つには、埋没する前に何かに囓られた形跡がある。

 幸運に恵まれれば、将来新たな化石が発見され、イクチオタイタンの全容が明らかになるだろう。ただ、この魚竜が超巨大動物だったことに変わりはない。

 魚竜が三畳紀に出現してから約800万年で、巨大な種が進化したという証拠が増えている。その多くは、まるで巨大なシャチのように、他の海洋爬虫類や自分より小さな獲物を狩る凶暴な捕食者だった。


三畳紀末の大量絶滅で姿を消す​

 これほど巨大な爬虫類であれば、大量の餌を必要としたはずだ。数千万年の間に複数の巨大魚竜が存在したことは、三畳紀の海が彼らを支えられる豊富な食物網があったに違いない。三畳紀には新しい形のプランクトンが進化しており、巨大動物を支えられる生態系が出来ていたのかもしれない。ただし魚竜が進化を繰り返し、巨大化していった理由を解明するには、さらなる研究が必要だ。

 ただこれほど巨大化したのに、三畳紀を生き延びた巨大魚竜はいない。次のジュラ紀にも、体長10メートルほどの大きな魚竜が登場したが、三畳紀ほどの大きさにはならなかった。イクチオタイタンは最大級の種であるだけでなく、2億0100万年ほど前の大量絶滅で三畳紀が終わるまで生きていた、最後の巨大魚竜の1つでもあった。彼らは、地球史上の5大大量絶滅のうち4回目に当たる三畳紀末の大量絶滅前まで衰退することなく、繁栄していたことを示している。


クジラの進化まで1.5億年間もイクチオタイタン級の動物現れず​

 三畳紀末の大量絶滅は、大規模な火山活動によって、地球の気候や海の化学的性質などが一変した。魚竜そのものは存続したが、巨大な種は生き残ることができなかった。

 この超巨大魚竜は、地球規模の絶滅が起きるまさにその時まで海を支配していたのだ。

 実際、彼らと同じくらい巨大な海洋生物が再び現れたのは、海に進出したクジラが大型化を始めた1億5000万年以上も後のことだ。6550万年前の白亜紀末まで海の支配者として君臨し、時にはティラノサウルスすら補食したとされるモササウルスも13~18メートルくらいと、イクチオタイタンには及ばなかったのだ(モササウルスについては、23年4月23日付日記:「白亜紀末の海を支配した凶暴な肉食の王者モササウルスとは」を参照)。


昨年の今日の日記:「函館の旅(4):五稜郭公園の箱館奉行所復元建築と満開の桜を観る」