​​ 甘い蜜で誘って体に花粉を付けさせた小昆虫をメス花の水差しのような形状をした花序の中に死ぬまで閉じ込めて受粉させる「悪魔の花」テンナンショウ。これについては、以前に日記に書いたことがある(20年4月6日付日記:「恩ある虫に死へのトラップを仕掛ける毒草=テンナンショウの名を知る」を参照;下の写真の上:テンナンショウの花序と仏炎苞、下の写真の上:テンナンショウの実)。​​

 

 


テンナンショウを産卵場所に利用していたキノコバエ​

 小昆虫は一方的に死に追いやられるばかりと思われていたが、このほどキノコバエとテンナンショウの観察から、キノコバエは搾取されて一方的に殺されるばかりでなく、防御を身につけ、共生関係に移行していたことが分かった。キノコバエは、テンナンショウに卵を産み付けて幼虫を育てる場に利用していたのだ。神戸大学の末次健司教授(植物生態学)らが発見した。

 前記のようにテンナンショウはキノコバエをだまして見返りなく受粉に使役しているという常識が覆った。


「だまし」で誘って死ぬまで花粉を搾取するのが一般的​

 植物は、虫に花粉や蜜を与えて多くの花を訪れてもらうことで受粉し、種子を残すものが一般的だ。しかし一部の植物では蜜があるように装った花をつけ、虫に栄養豊富な蜜を与えることなく受粉に必要な花粉だけ運んでもらうよう「だまし」を進化させている。その中でもテンナンショウの仲間は、メス株の花序が抜け出す隙間のない水差しのような形となっており、呼び入れたキノコバエを死ぬまで閉じ込め、多くのメス花に徹底的に受粉させて種子を残す。

​​ 末次教授らは、テンナンショウの中でもキノコバエを引き寄せる匂いが出ている棒状の器官が釣り竿のように50センチ以上にも伸びているテンナンショウ属「ナンゴクウラシマソウ」(写真の左はキノコバエ)に注目した。この器官の根元部分は肉厚だが、1年に1度の開花時を過ぎると朽ちる。​​

 


屋久島の照葉樹林の中で観察​

 末次教授らは、2021年から23年に屋久島の低地照葉樹林で、ナンゴクウラシマソウの花序内に捕らえられて死んでいる虫の種類と数を調べた。

​​ 花序内で死んでいる虫の6割がキノコバエの仲間で、その中でもイシタニエナガキノコバエが最も多かった。中には花粉を付けているものもいたことなどから、花粉の運び屋はこのキノコバエとみられる。また花序内に産み付けられた卵があり、ふ化した幼虫は竿のような器官の根元で肉質な部分が腐ったところを食べて成虫になったことが確認された(写真=花の隙間に見える黒い点のようなものがイシタニエナガキノコバエの卵。は卵の拡大写真)。​​

 


相利共生への移行の段階か​

​ ナンゴクウラシマソウの中にはイシタニエナガキノコバエの死骸が無いのに卵だけ見つかる例があり、一部のハエが産卵後に花序の上部から逃げ出している可能性も示された()。​

 

 

 末次教授によると、ナンゴクウラシマソウの祖先は花粉を運ぶ虫をだまして捕らえ、殺してしまうので、虫と敵対的な関係にあったとみられるが、今は花粉を運んだ虫の一部をそのまま殺してしまうものの、一部には逃げられていると語る。つまり両者は、授粉できるほど虫に花で動き回ってもらえたら虫を逃がし、虫は花粉を運ぶ代わりに産卵場所を提供してもらうという相利共生の関係に移行している段階かもしれないという。


持続的でない一方的搾取の寄生​

 異なる種間での関係で、一方が利得を得て、他方が損失を被るのを寄生という。例えば動物の体内の寄生虫などだ。寄生虫は、一方的に宿主から栄養を取るだけで宿主は逆に健康を損ねる。テンナンショウとキノコバエも、当初はこの関係だった。

 しかしそのうちにテンナンショウの中で産卵し、つまり産卵場所を提供してもらい、産卵後に外に逃げるというキノコバエ個体が現れた。テンナンショウも、そうした個体の系統がキノコバエ全体に広がれば、キノコバエの誘引に不自由しない。それまでの関係だったら、いつかはキノコバエが寄りつかなくなったり、絶滅してしまうかもしれず、自らにも不利だからだ。

 生物には、寄生は決して持続的な関係ではない。長い時間をかければ、互いが利得を得る相利共生に至るということなのだろう。


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