2021年と2010年などたびたび大地震に襲われ4桁の死者を出したり、21年にはジョブネル・モイーズ大統領が武装ギャング団に暗殺されるなどカリブ海の最貧国のハイチ(地図)は、今、ギャング支配のもとに深刻な破綻国家化が進む。
ギャングが刑務所を襲撃し、受刑者4000人を解き放つ
モイーズ大統領暗殺後、選挙をへずに同国首相に就任したアリエル・アンリ首相は、国連の多国籍部隊を率いる予定だったケニアを訪問していたが、首都ポルトープランスの80%を支配するギャング団に脅される形でSNSで辞意を表明、政権を投げ出した。
大統領暗殺後、首都を跋扈するギャング団は、2日夜、ポルトープランスの刑務所を襲撃し、4000人以上の受刑者を解き放った。この中には、モイーズ大統領暗殺犯も含まれていた。彼らは、ハイチを牛耳る3つの主要ギャング団に受け入れられたとみられる。
国内の主要空港や港湾も、ギャングに制圧されている(写真:下は暴動状態の街)。
無政府状態のハイチで、警察も軍もギャング団を怖がって手を出さない。貧しいハイチ国民は、そのギャングたちに収奪され放題となっている(写真=銃を持って街角にたむろするギャングたち)。まるで映画『七人の侍』で描かれた日本の戦国時代である。
元警官のギャング頭目の異名は「バーベキュー」
彼らギャング団で最優勢なのは、元警察官のジミー・シェリジィエ(46歳)だ。反対勢力を焼き尽くすなど400件以上の放火を繰り返し、「バーベキュー」の異名で知られる。ケニアを訪れていたアンリ氏を、「帰国すれば殺す」と脅し、辞任に追いやった。
ギャングの頭目に脅されただけで1国の首相が辞任するなど、法治国家ではあり得ない事態の起こっているのが、今のハイチなのだ。
このシェリジィエは11日に、ポルトープランスで大勢の記者を集めて会見を行い「ハイチの人々は苦しんでいる。我々はこの国のリーダーを自分たちで選択することを求めます」と、殊勝な弁をぶった。しかし国連からは複数の虐殺に関与していると名指されているうえ、アメリカからは経済制裁を受けている男なのだ。ギャングのボス風情にもかかわらず出たがり屋で、しょっちゅう記者会見を開いて大ボラをふく。
ちなみに先の刑務所襲撃事件は、シェリジィエのギャングが関わったとされる。
若造のくせに一方のギャングの頭目
2人目は、ジョンソン・アンドレ、別名イゾーと呼ばれる26歳の男だ。少年の頃からギャングとして活動、若造なのに今やいっぱしのギャング団を率いるまでになった。国連はレイプや麻薬、武器の密売に関わっていると指摘している。
アンドレはシェリジィエとは違い、記者会見などは開かないが、ラッパーとして活動しておりミュージックビデオを通じて自分の主義主張を伝えている。
BBCなどによると登録者数が10万人を超え、YouTubeから表彰されたこともあるほど話題にはなっている男だ。
盗人に殺人、麻薬・武器密売など
アンドレのYouTubeで映像と共に流れるラップ、「今日は暴露する。現政府を解体しなければならない。今日は村を攻撃。こいつらは中身が空っぽであふれる憎しみ」という歌詞の曲もあった。
ラップは「ミッションインポッシブル」ならぬ「ミッション失敗」というタイトルで、取り締まりにきた警察をアンドレ率いるギャング団が殲滅するというものだ。
映像を観る限り、ラップのミュージシャンという感じだが、ハイチに入る国連の人道支援物資を奪っていると指摘されており、盗人に殺人、麻薬・武器密売などで相当に問題がある男だ。
元上院議員も1つのギャングの頭目
最後の1人は、ギー・フィリップ(56歳)という男、上院議員の経歴もあり、これまでの2人とは少し趣が違うように感じられるが、かつてクーデターを起こし、麻薬密輸でアメリカでの逮捕歴がある。
先週、ロイター通信による単独インタビューに応じ、現在の政治家の腐敗を指摘、国民の支持があれば自らが首相になると宣言した。
マネーロンダリングにも関与して逮捕収監されたことがあるのだが、それをロイター通信の記者に問われたフィリップは「ノーベル平和賞のマンデラ元大統領も収監歴がある」と、とんでもない歪曲で反論している。
共通の敵だったアンリ首相が辞任した今、だれがハイチを乗っ取るかをめぐってこの3者の抗争が激しくなることが懸念され、さらに治安は悪化する見通しだ(写真=少しでも安全な所に避難する家族)。
警察や軍などの止める権力機関がいないので、今後、血で血を争う抗争が激化し、女性や子どもなど一般の市民が返り血を浴びる懸念が高まっている。
昨年の今日の日記:「モルドヴァの危機と苦悩、80年余も続くロシアの脅威:ソ連に併合されていた時期も」