​ イヌは、旧石器時代、早ければ3万6000年前にオオカミからヒトに家畜化されたらしい(写真=ベルギー、ゴイエ洞窟出土の最古のイヌか、3.6万年前)。イヌもオオカミもよく似ていて、両者は交配可能だから、イヌの起源がオオカミであるのははっきりしている。​

 


旧石器人、初めてイヌに会う​

 しかしイヌとオオカミの決定的違いは、人への慣れである。イヌは飼い主ばかりか、自分に好意を持ってくれそうな人の誰とも慣れ親しみ、尾を振る。しかしオオカミは、そうはいかない。人を襲うことはないが、人に対して警戒心が強く、決して近付かない。見れば牙を剥いて威嚇する。

 おそらくイヌ祖先が旧石器人の住まいに近付き、残飯を投げ与えられてゆくうちに、いつしか人に依存するようになる一方、狩りにはハンターについて行き、獲物の追跡やとどめを刺すようになった過程で、オオカミと決定的に異なる「何か」が起こったのだ。あるいは、オオカミの中でその「何か」を持つ個体だけが人に飼われるようになったのかもしれない。

 旧石器人がイヌを友にしたのは、愛玩用ではなく、狩りの助手として役立ったからだ。それには、オオカミのように人に対して牙を剥き、敵意をあからさまに示す個体ではどうしようもない。
 

人の難病ウィリアムズ症候群​

 その「何か」は、意外にも人の難病と関連する遺伝子だった。

 その難病、ウィリアムズ症候群は、人の染色体のうちの7番染色体の微細な欠失であることが分かっている。遺伝子に原因があるだけに、治療法は無い。

​ この患者は、まるで妖精のような顔をし(写真=ウィリアムズ症候群の子どもたち)、特徴的な性格を示す。人なつこく社交的でおしゃべり、音楽を好み、人がいいなどで、これだけ見れば好人物で問題ないように思えるが、成長と発達が遅れ、絵を描き写すのが苦手などの視空間認知障害や心臓血管疾患(特に大動脈弁上狭窄)を引き起こす。​

 

 

 患者により現れ方は様々で、長所だけ現れた場合は、セールスマンなどとして抜群の成績を残すのだが、多くは悲惨な発症をする。
 

イヌは家畜化の過程で人なつこさに関連する遺伝子変異​

 一方で、社交的なイヌでは、GTF2IとGTF2IRD1という2つの遺伝子に変異があることが明らかになっている。人間では、これらの遺伝子の変異は、ウィリアムズ症候群と関連づけられる。

​ 最初にイヌの遺伝子変異を見つけたのは、プリンストン大学のブリギット・フォンホルト博士(写真=愛犬を抱くフォンホルト博士)らで、2010年のことだ。博士らはイヌとオオカミのゲノムを調べ、イヌが家畜化される過程でWBSCR17遺伝子に変化が生じたことを発見し、イギリスの科学誌『ネイチャー』に発表した。WBSCR17もウィリアムズ症候群の関連遺伝子だった。​

 

 

 上記の事実から、イヌが家畜化の過程の遺伝子の変異が、人なつこさと関係するヒトのウィリアムズ症候群と似通うものであることが分かった。それはヒトとは別の独自の遺伝子変異だったのだろう。


昨年の今日の日記:「エチオピア紀行(190=最終回):お土産のコーヒーを買い、不味い中華料理を食べて帰国へ」