​ 現生の肉食哺乳類で最大・最強は、アムールトラだろう。トラは棲む所で8つの亜種が現存するが、その中でも最大の体躯を持ち、ネコ科の中でもまた最大の亜種である。雄の個体では全長3メートルも超えるという。僕は、旭山動物園で、眼下の檻のアムールトラを観たことがある(写真)。​
 

 

アフリカにはいないトラ​

 アムールトラが大型なのは、沿海州のタイガ地帯という寒い所に棲むからだ。寒い地方の亜種は、暖かい土地に棲む亜種よりも体幹部の熱を失いにくくするため大型化する。ベルクマンの法則という。

 同じネコ科でも、ライオンはアフリカの他にインドにもいて、かつては中東からヨーロッパにもいたのに、トラだけは、アフリカにいない。過去も現在も、である。

 現代のヒョウの祖先(とりあえずプロトヒョウと名付けておこう)のうち、アフリカのサバンナに適応して大型化したのがライオンで、ユーラシアの森林地帯に適応して進化したのがトラだ。だからアフリカに、トラはいないのだ。

 さて、もちろん日本にもいないが、それは現在だから。
 

日本にも居たが、2万年前頃には絶滅か​

​​ かつて旧石器時代には、日本にもトラがいた。トラの化石は、青森県下北半島、栃木県葛生、静岡県浜北(下の写真の上)、山口県伊佐、大分県津久見(下の写真の下)など全国10カ所から発見されている。​​

 

 

 

 北海道からは見つかっていないようだが、トラは海を泳げるので、氷河期も陸化しなかった津軽海峡を渡って北海道にも分布した可能性はある。また氷河時代、北海道は樺太を介して大陸と陸続きだったので、シベリアからアムールトラが来た可能性も高い。

 だが縄文時代には、骨は知られていないので、他の多くの旧石器動物群と共に、遅くとも最終氷河期最寒冷期(LGM=2.5万~1.8万年前)までには日本列島では絶滅しただろう。
 

旧石器時代の日本列島のトラは生きづらかった​

 トラのような大型肉食獣は、日本列島のような狭い島は生きづらかっただろう。氷河時代の日本列島は、東日本以北は大半が針葉樹林帯かツンドラだったので、トラに生息できない環境ではない。しかし肉食獣であるトラは、餌である草食獣がいないと生きられない。

 その草食獣が、旧石器時代の日本には、大陸ほど多くはなかった。

 ざっと見だが、肉食獣のポピュレーションは、草食獣の1000分の1といったところだ。現代の東アフリカのサバンナには、溢れるほど大型草食獣がいるから、ライオン、チーター、ヒョウのビッグ・キャットとハイエナが生きられるのだ。
 

草食動物が少なかった日本列島、トラの個体数はせいぜい3桁前半か​

 で、氷河期の日本列島だが、トラを十分に養えるほど草食動物がいたかとなると、心許ない。ナウマンゾウ、オオツノシカ、バッファロー(ハナイズミモリウシ)、ニホンジカなどだが、彼らは旧石器人の標的でもあった。旧石器時代のトラは、ナイフ形石器という狩猟具を装備した旧石器人とも競合したのだ。

 ここから想像すると、日本列島にはトラは4桁はおらず、数百頭の下の方のレベルではなかったかと思う。これだけ個体数が少ないと、ちょっとした環境変動でも種を維持できない可能性がある。

 LGM後に気候が少しずつ温暖化した頃には、もう日本列島から姿を消していただろう。だから縄文人も目にできなかったはずだ。


昨年の今日の日記:「プーチンの予備役30万人動員とウクライナ東部・南部でのえせ『住民投票』の焦り」