この民主主義で自由の国、日本で、唯一、個人独裁を敷く日本共産党。その恐ろしさは、委員長志位の退陣を求めた2人の古参党員が、党から問答無用で追放された。一切の弁明も許されずに(本年3月19日付日記:「テロ国家ロシアのプーチンにICCが逮捕状;京都共産党古参党員、鈴木元氏が志位批判のかどで松竹氏に続いて党除名」、及び同2月8日付日記:「ウクライナ侵略戦争の彼方にプーチン大帝国ロシアの四分五裂の解体が見える;追記 志位批判の松竹氏、共産党を除名さる」を参照)。
毛沢東の妄想から発動された「大躍進政策」
幸いにも、党から追放された松竹伸幸氏、鈴木元氏は、日本が自由で民主的、そして法治国家だから、刑罰に問われることはない。しかし、個人独裁国家となると、そうはいかない。下級の者が独裁者に直言する場合、投獄に留まらず、命をかける覚悟が要った。スターリン時代のソ連、毛沢東時代の中国がまさにそうだった。
もう半世紀以上も前の歴史だが、スターリニスト中国で独裁者、毛沢東の妄想のために断行された1958年~1961年までの大躍進政策は、惨めな失敗に終わったばかりか、物言えぬ農民の多大な犠牲を伴った。
スターリン死後に独裁者となったソ連のフルシチョフと、共産主義建設の方法などをめぐって意見の隔たりが生じた毛沢東は、ソ連に依存せず、しかも工業生産で当時の第2位先進国のイギリスに一気に追いつき、追い越すために、すべての農地を人民公社に集約する農業集団化(写真)と、自国の現状を全く無視した超野心的な工業化を目指し、「大躍進政策」を始めた。
農業集団化の失敗
しかし実態を無視した空想的計画を強行したため、経済はじきに行き詰まった。驚くべきは、今の中国をも上回る、計画の超過達成という下級からの偽りの報告が溢れ、党中枢は、しばらくは破綻に気がつかなかった。
自作農は農地を人民公社に召し上げられたので、作物の植え付け、水供給、草取り、害虫駆除、そして収穫など、必要な時期の労働力の集中投下もなおざりにされ、秋には穀物の大不作が決定的になった。要するに農民たちは地べたに這いつくばって朝早くから夜遅くまで働くことをやめ、サラリーマンのように8時間労働で農業に取り組み、しかも働かなくとも飯だけは食えるから、生産性は大幅に低下したのだ。それは、すぐに地獄の飢餓となって表れた。
大飢餓の餓死者は1500万人~7000万人
工業では、注力した鉄鋼生産を、農村に粘土で釜を築いて鉄を溶かして鋼鉄を造るという「土法高炉」に依存した(写真)。技術力が無かったため、使い物にならない粗悪な鉄鋼しか作れなかったばかりか、燃料の石炭を浪費して、本来の都市の工場で燃料不足を起こし、生産が落ち込んだ。
とりわけ集団化の失敗は、農村に中国革命後に最大の飢餓をもたらした。餓死者は、少ない見積もりでも1500万人、最大では7000万人とされた。スターリニスト中国の公式統計である「中国統計年鑑」2017年版ですら大躍進の間、1625万人もの人口減を記している。
農村を視察して大躍進の失敗を目にした彭徳懐
大躍進政策の過ちは、1年もたつと共産党指導部もうすうす把握するようになるが、毛沢東の怒りを恐れて誰1人、止める者はなかった。
いや、ただ1人、毛沢東に直言した幹部がいた。朝鮮戦争で中国軍を指揮し、人海戦術で国連軍を悩ませた彭徳懐である(写真=朝鮮戦争、1951年)。当時、党中央委副主席、国防相だった彭は、地道に農村を回り、悲惨な実態を目にする。中央に上げられる報告はことごとく潤色され、偽りに満ちていたことを知る。
昨年の今日の日記:「ロシアによるウクライナ侵略半年超、損耗するロシア侵略軍の兵員と武器」