​ 約2万年前のシカの歯製ペンダント(写真)が、ホモ・サピエンス女性が身に着けていたものと古代DNAの解析から明らかになった。​

 


 

デニーソヴァ洞窟から発掘​

​ 原始人の骨や歯の化石から古代DNAを抽出して、性別や祖先の系統を調べる研究は、長足の進歩を遂げている(写真=クリーンルームで作業する研究者)。今度は、旧石器時代の装身具から、身に着けていたと思われるヒトの素性が突き止められた。なお他の動物の材料から製作された遺物から古代人のDNAが取り出されたのはこれが初めて。ドイツ、マックス・プランク進化人類学研究所などの研究チームが23年5月3日付のイギリス科学誌『Nature』に報告した。​

 

 

​ 研究チームのマティアス・マイヤー博士らは、2021年にロシアのシベリアにあるデニーソヴァ洞窟(写真)で発見されたシカの歯のペンダントを調べた。同洞窟は、約30万年にわたって様々なヒト族の集団が入れ替わり立ち替わり居住していた歴史があり、2010年にはデニーソヴァ人というそれまで未知のヒト族が発見されたことで有名になった。今回のペンダントは、同洞窟にホモ・サピエンスが暮らしていた約2万年前の堆積物の層から出土したものだ。​

 


 

リン酸ナトリウム溶液に浸してヒトDNAを抽出​

 進化人類学研究所の大学院生エレーナ・エッセル氏は、苦心の末、90度のリン酸ナトリウムに何度も遺物を浸すという手法を開発、ペンダントの一部を破壊することなくヒトのDNAの抽出に成功した。

 研究チームは、出土層位から装着者がホモ・サピエンスであることが確実なので、ホモ・サピエンスとアメリカアカシカ(Cervus canadensis)のDNAを区別したうえで、ヒトの性別と祖先を特定した。その結果、これまではるか東方でしか記録されていなかった北ユーラシア人の祖先である女性と判明した。

 また研究チームは古代DNAの変異の数を計算し、現代のゲノムと比較することで、ペンダントの年代を推定した。シカとヒトのDNAから、ペンダントは1万9000〜2万5000年前のものであることが示された。年代幅は、数十年以内の幅で特定できる放射性炭素年代測定法に比べると大きいが、試料のペンダントを傷つけることなく測定できた意義は大きい。
 

他の骨製・歯牙製遺物にも研究対象は広がる​

 この技術に磨きをかけていけば、骨製針や動産芸術品の使用者(あるいは制作者)の性別や、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの両方が居住していた場所で骨製の遺物が見つかった場合、どのヒト族がそれを作ったのかを推定できるようになるかもしれない。

 まだ解明すべきことも多い。例えば骨製遺物がヒトのDNAを吸収するにはどれくらい身につけていたらいいのか、などだ。2、3日や2、3週ではヒトDNAを吸収できないだろう。制作者と使用者の性別が違ったとしても、使用者の方がはるかに長期間、遺物に接触していたはずだから、抽出したヒトDNAは使用者と推定しても間違いあるまい。

 研究チームは、今後、骨製製品などの発掘・取り上げには、現代人の汚染を招かないよう、細心な注意が払われるべきだと注意している。
 

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