ニューギニア原産で、「歌うイヌ」という名称の超希少なイヌがいる。「ニューギニアン・シンギング・ドッグ」という犬種だ。
 

全世界で飼育下の200頭のみ​

​​ 見た目は、日本の柴犬と似ているが(下の写真の上=「歌う」ニューギニアン・シンギング・ドッグ)、オーストラリアの野生犬であるディンゴ(下の写真の下)と遺伝的に近縁であることが分かっている。​​

 

 

 

 かつてはニューギニア高地に群れをつくって生息していたが、開発で生息地が失われたり、野犬と交わったりして、自然界では絶滅したと考えられていた。

 幸いにも1970年代に捕獲された個体が、各国の動物園や保護施設で飼育され、そこで交配されて生き延びていた。現在、飼育下のニューギニアン・シンギング・ドッグは全世界で200頭くらいしかいない、とされる。
 

2016年に「再発見」​

​ 前記のように野生のシンギング・ドッグは絶滅したと考えられていた。ところが2016年になって、インドネシア領のニューギニア島西部の高地の鉱山近くで、探検隊が野生の犬15頭を発見した(写真)。​

 

 

 

 しかし本当にニューギニアン・シンギング・ドッグがどうかは確信が持てなかった。何しろ野生の個体は、半世紀にわたって目撃されていなかったからだ。通常、それだけ目撃が絶えれば、絶滅と認定される。探検隊が見た15頭は、住民の飼っていた家犬が逃げ出した「野良犬」も可能性もあった。
 

DNA解析からシンギング・ドッグは絶滅せず生き延びていたことがほぼ確定​

 探検隊は2年後に再び同地に入り、この「ニューギニア高地の野生犬(ハイランド・ワイルド・ドッグ)」がシンギング・ドッグの祖先かどうかを調査した。

 このうち3頭の血液から採集したDNAを調べた結果、遺伝子配列が他のどんな犬種よりもシンギング・ドッグと似通っていることが分かった。遺伝子配列は完全には一致しなかったものの、ハイランド・ドッグは野生のシンギング・ドッグだとほぼ確定した。違いがあるのは、飼育下のシンギング・ドッグが近親交配が進んだ結果、もとあった遺伝的多様性が失われたのだろうと考えられている。

 現在のシンギング・ドッグは、1897年に現在のパプアニューギニアの標高2100メートルの地点で発見されたのが最初である。

 この犬種が重視されるのは、近縁なディンゴなどと共に、オオカミと遺伝的によく似ているからだ。おそらくオオカミが家畜化され、「家犬」となった直後の系統を引いているのだろう。ただ現在の家犬の起源をめぐっては、諸説入り乱れている。


人類が最も最初に家畜化したのがイヌ​

​ ヨーロッパのベルギーのゴイエ洞窟で3万数千前の「家犬」の祖先らしい化石が見つかっているが(写真)、それが現生のイヌの祖先なのか、はっきりしない。しかし研究者の一致した見解として、ヤギ・ヒツジ、ウシ、ブタなどの現在のあらゆる家畜の中で、イヌが最も古く人類によって家畜化されたこと、それは前記の家畜が新石器時代初頭に家畜化されたのに対し、イヌだけはまだ農耕牧畜の始まる前の旧石器時代に家畜化されたこと、がある。​

 

 

 ただニューギニアン・シンギング・ドッグやディンゴなどの祖先は、はっきりしない。東南アジアに、古い時代の化石が見つからないからだ。遺伝子証拠によってのみ、彼らが家畜化初期の系統であることが分かっているだけだ。

 ただ家畜化されても、その後、彼らの子孫は再び野生に戻った。そしてニューギニアン・シンギング・ドッグやディンゴがそこから派生したのだと思われる。


集団内での遠吠えが「歌う」ように聞こえた​

 さてニューギニアン・シンギング・ドッグの名前の由来だが、直訳すれば「ニューギニア産の『歌う』イヌ」だ。それが、彼らの最大の特徴である。

 ただ歌うといっても、音楽や伴奏に合わせてコーラスをするというわけではない。遠吠えの声がまるで合唱のように聞こえるため、「歌う」という名が付けられたのだ。

 シンギング・ドッグは個体による声紋の違いが著しいため、数頭~数十頭が集まって遠吠えをすると、まるで合唱が行われているかのように聞こえるという。

 しかし飼育下であれば少数個体同士だから、合唱のようには聞こえない。合唱できるとすれば、自らの悲しい運命を「歌」に託しているのだろうか。


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