​ いよいよロシアにもヤキが回ったか。ロシアの外相ラブロフは1日、イタリアのテレビとのインタビューで、ユダヤ人を弾圧したナチ・ドイツのヒトラーに「ユダヤ人の血が流れている」と妄言し(写真)、イスラエルや世界のユダヤ人コミュニティーで反発が高まっている。​

 


 

「ヒトラーにもユダヤ人の血が流れている」​

 ラブロフは、侵略戦争をしかけている相手国ウクライナのゼレンスキー大統領がユダヤ系であることに触れ、「ユダヤ系だからと言って、ウクライナでのナチの存在が否定されるわけではない」と、プーチン流の「ウクライナの非ナチ化」を正当化し、その傍証として「ヒトラーにもユダヤ人の血が流れている」という非歴史的な妄言を付け加えた。

 むろんこの妄言は、イスラエルと世界のユダヤ人コミュニティーからの猛反発で迎えられた。

​ ところがロシアの外務省の報道官は、この反発に対して居直り、「ヒトラー=ユダヤ人」をさらに繰り返した(追記参照)。​
 

帝政ロシア以来の反ユダヤ主義の歴史的背景​

 ちなみにラブロフがこのような妄言を吐くのは、帝政以来の伝統的なロシアの反ユダヤ思考がある。

 帝政ロシア期の1903年に、ロシア国内には約519万人ものユダヤ人がいた。これは、世界のユダヤ人人口の49%であった。ナチが目の敵にしたドイツよりも多かったのだ。

 それだけに、ロシアのユダヤ人に対する排外思想は強く、しばしば民衆の貧しさの不満の矛先がユダヤ人に向けられ、それに煽られた民衆の「ポグロム」というユダヤ人コミュニティーの打ち壊しとユダヤ人住民虐殺が行われた。

 こうした帝政の反ユダヤ思潮は、帝政ドイツと戦った第1次世界大戦の年に最高潮に達し(ロシアの貧しい民衆の間には、ニコライ二世の妻のアレクサンドラ皇后が敵国ドイツの出身でユダヤ系だという噂が広まっていた)、開戦の年の1914年には約198万人もがロシアを離れ、うち約156万人はアメリカに移住した。
 

日露戦争ではロシアのユダヤ人迫害に反発するユダヤ系バンカーの支援​

​ ちなみに以前にNHKで制作・放映された『坂の上の雲』で、ロシアと戦う日本が戦費調達のために高橋是清をロンドンに派遣して外債をつのるが、劣勢と見られた日本の外債に応募する機関投資家はおらず(日本が敗北したら日本の発行した外債は紙くずになる)、高橋是清の難渋する中、ただ1人、アメリカのユダヤ系銀行家ジェイコブ・シフ(写真)が、外債を引き受ける場面があった。​

 

 

 シフは、ロシアのユダヤ人が迫害されていることに心を痛め、そのロシアと戦う日本の勝利に賭けたのである(2015年1月18日付日記:「日曜日昼の楽しみ『坂の上の雲』再見とユダヤ系銀行家への謝意新たに」を参照)。
 

ロシア10月革命を主導したユダヤ人革命家​

 帝政期のロシアは、「諸民族の牢獄」とも呼ばれ、ロシア人以外の諸民族は虐げられていたが、ユダヤ人はその最底辺に位置していたのだ。

​​​ それが一刻でも緩和したのは、1917年の10月革命である。10月革命を主導したボリシェヴィキの主要幹部には、ユダヤ人であるトロツキー、ジノヴィエフ、カーメネフ(写真下の写真の上が国内戦の時のトロツキー、下の写真の下の右端がジノヴィエフ、その隣がカーメネフ。ちなみに左端がスターリン)らがいたし、指導者のレーニンも母はロシア人とカルムイク人のハーフだったためか、親ユダヤ人的だった。後にナチのヒトラーがまさにロシア革命を「ユダヤ人による世界支配の一環」と非難した所以だ。​​​

 

 

 

​ ところが民族自決権を唱えたソヴィエト連邦は、レーニンの死と先のボリシェヴィキ3巨頭の失脚・追放で、権力を掌握したスターリン(上の写真の左端)は、次第に反ユダヤ姿勢を強めていく。
 

イスラエルに多い旧ソ連・現ロシアからのユダヤ人移民​

 晩年、スターリンは、赤軍大粛清や第2次大戦後の医師陰謀団事件、コスモポリタン事件で、反ユダヤ主義を隠すことなく鮮明にした。

 実は、帝政ロシア末期の先述のユダヤ人大脱ロシア以後に、第2次世界大戦後の1948年にパレスチナにユダヤ人国家のイスラエルが建国されると、ソヴィエト連邦から第2のユダヤ系のエクソダスが起こる。その背景に、スターリン体制下の反ユダヤ思潮があった。

 だから今でも、イスラエルには旧ソ連・現ロシアからエクソダスしてきたロシア系国民が多いし、旧ロシア系移民の政党もある(2017年6月16日付日記:「イスラエルでロシア語が幅をきかす背景のロシア・ソ連現代史の暗黒」を参照)。

​ 2017年にイスラエルを旅し、実際にエルサレムの下町の一角にキリル文字の看板がかけられているバザールを発見した(写真)。ロシア系の移民の多い所なのだろう。​

 

 

 

イスラエルや世界のユダヤ人を敵に回したロシア、いい気味だ!​

 上記の歴史を見ると、ラブロフの妄言もこの系列につながるようだ。はしなくも、ロシア・プーチン政権の反ユダヤ思考が、ウクライナ侵略戦争の苦戦で表に出たと見ることができる。

 まぁ、ウクライナ侵略がはかばかしい成果を挙げていないことの苛立ちがつのっているのだろうが、こうしてイスラエルや世界の知識人・経済人の中核となっているユダヤ系の人たちを敵に回し、ロシアがさらに世界から孤立していくのは悪いことではない。いい気味だ!
 

追記 プーチンは5日、イスラエルのベネット首相との電話会談で、ラブロフ発言について謝罪し、ベネット首相もそれを受け入れた。これ以上の反ロシア感情の高まりを恐れたのだろうが、世界はロシアの民族差別と威嚇的態度にあらためて嫌悪感を強めただろう。

昨年の今日の日記:「ワクチン接種の進捗が武漢肺炎からの経済回復の明暗を表す先進国」