南米本土から離れた南極に近い大西洋上の孤島に、かつて「オオカミ」がいた。

​ ビーグル号で世界一周航海をしていたチャールズ・ダーウィンがフォークランド諸島に上陸した1833年に発見し、驚きのコメント共に「島に移民が増えていけばいずれは絶滅してしまうだろう」と予言し、実際、そのとおりに発見たった43年後の1876年に、もう絶滅してしまった。フォークランドオオカミ、である(=1839年にジョージ・ウォーターハウスによって描かれたもの)。

 


 

有史以来、イヌ科動物では唯一の絶滅種​

 有史以来、絶滅動物は数多あるが、イヌ科動物で絶滅したのは、フォークランドオオカミだけだ。現在、標本の残るのは、世界で10点程度。

 絶海の孤島に住んでいたから、フォークランドオオカミは遺伝的多様性が乏しく、またポピュレーション(個体数)も少なかったはずだ。それでなくとも肉食という偏食動物であるこのイヌ科動物は、ちょっした人間の介入に脆弱で、ダーウィンの予言どおり絶滅してしまった。島に移住してきた白人が生業の糧とする放牧するヒツジを襲っていたからだ。

 僕がある本で、フォークランドオオカミのことを知った時、生物の分布力の旺盛さに驚いたばかりか、いくつかの疑問に捕らわれた。なぜこの肉食獣は絶海の孤島に行けたのか、他に陸棲哺乳類はいないのになぜこの種だけがフォークランド諸島にいたのか、どうして狭い島の中でヨーロッパ人植民者と接触するまで、種の存続を永らえ、繁栄できたのか、などだ。
 

どうして南米大陸から渡って来られたのか​

 このイヌ科動物の存在(と絶滅)が世界に知られると、僕が本を読んで感じたように、いったい泳げないはずのフォークランドオオカミがどうして島に渡ったのか、大きな謎とされた。ちなみにフォークランドオオカミは、同諸島で唯一の陸棲哺乳類だった。

​​ フォークランド諸島は、南米アルゼンチンから700キロも離れた孤島群だ(地図写真)。南米大陸と陸続きになったことはない。​​

 

 

 

 ただ大陸と島の間の海の水深は浅く、最終氷河期最寒冷期(LGM:約2.6万〜1.9万年前)頃には海面が100メートル以上低下したので、大陸と島の間は今よりもずっと狭く、その時に流氷にでも乗って島に渡ったのだろうと考えられた(フォークランドオオカミについては、過去にブログで書いたことがある。18年6月30日付日記:「ダーウィンが南米大陸沖フォークランドで観た「オオカミ」の絶滅が物語る肉食獣の脆弱さ」を参照)。
 

ヒトに連れられてきた「家犬」だった?​

​ ところが最近の研究で、フォークランドオオカミは、実は先史人の航海に際し、「家犬」として島に連れられて渡ってきたのではないか、という可能性が浮上した。当の先史人はとうに島を去ったが、連れられてきたフォークランドオオカミは野生化し、そこに住むアシカの仲間のオタリアやイワトビペンギンなど多種類のペンギンを補食して命を繋いでいたというわけだ(想像図)。​

 

 

 この可能性を現地調査を通じて得たデータと共に、アメリカ、メイン大学の古生態学者・考古学者のキット・ハムリー博士らが10月27日付のアメリカの科学誌『Science Advances』に報告した。

 

白人入植以前にヒトが何度も渡ってきたか​

​ ハムリー博士らは、島での調査で湿地帯の泥炭に含まれる木炭が、今から1800年前頃から増え始め、550年前頃にはさらに劇的に増加していたことを発見した()。​

 

 

 フォークランド諸島は風が強く森もあまり育たない多雨地帯で、自然発火による野火の可能性は低い。木炭の存在は、ヒトが島で焚き火をした痕跡の可能性があり、特に大量の木炭が見つかった1800年前以降は、ヒトの火の利用は間違いない。ヨーロッパ人の入植以前に、ヒトはフォークランド諸島に何度も渡ってきたのだ。
 

昨年の今日の日記:「湯河原の幕山から南郷山の登山とハイキング(前):相模湾に突き出る真鶴半島と初島、大島」