これまで現生人類ホモ・サピエンスを特徴付ける複雑な象徴的・技術的行動の最古の証拠は、南部アフリカの海岸部でしか見つかっていなかった。例えば彩色図像やオーカーなどの見つかったブロンボス洞窟など、先進的行動はすべて南アフリカ沿岸部からだった
(18年10月30日付日記:「南ア、ブロンボス洞窟で赤いクレヨンで斜交平行模様の付けられた磨製石器発見、最古の彩色図像」、及び11年10月20日付日記:「10万年前の最古の『化粧品』製作工房、南アフリカ、ブロンボス洞窟で発見」を参照)。
 

現生人類的行動の証拠は南部アフリカ沿岸部が主だったが​
 そのため10万年前よりも古い後期更新世初期に由来する沿岸部の多数の考古遺跡と豊富な貝殻の堆積の存在は、南部アフリカの現生人類の起源が沿岸部の海産資源(魚類や貝など)開発と密接な関係があり、したがってアフリカ内陸部での行動上の革新は沿岸部よりも後れを取っていたとする有力仮説をもたらしてきた。
 しかし良好な保存状態で、確固とした推定年代を備えたきちんとした層序を持つ後期更新世遺跡は南部アフリカの内陸部ではごく少なく、そのため上記の沿岸仮説はまだ真価が問われていなかった。
 

​​内陸カラハリ盆地ガ=モハナ丘陵の岩陰でも確認​
 オーストラリア、グリフィス大学人類進化研究所のジェイン・ウイルキンズ博士(写真)らの研究チームは、イギリスの科学週刊誌『ネイチャー』21年4月8日号で、南部アフリカ沿岸部の10万5000年前頃の初期の現生人類の技術革新に似た行動が、同じ頃に600キロ以上の内陸部に暮らしていた人類にも存在していたことを報告した。

 


 研究チームは、カラハリ盆地南部ガ=モハナ丘陵にある層位的な岩陰堆積層の発掘で、非実用的な鉱物(方解石の結晶)とダチョウの卵殻を、意図的に集めていた証拠を発掘した(写真=上から方解石結晶、ガ=モハナ丘陵の位置、発掘調査の模様)。

 

 

 

 

 


 これらの遺物の出土層は、光励起ルミネッセンス法で10.5万年前と測定されている。また残存石灰華堆積物をウラン・トリウム法で年代測定したところ、大量の淡水の流水を間欠的に受けていたことが示され、それらの起こった時期は考古層位と同一期だった。
 

内陸部でも湿潤なサバンナ環境で発展か​
 つまり太古の現生人類は、現在の環境と違い、ここで十分な淡水を利用できたわけだ。周囲には、十分な食料源となる動物や植物もあっただろう。
 こうした結果は、南部アフリカ内陸部に暮らした人類の間になされた技術革新が沿岸部の人類集団に決して後れを取っていたわけではなかったことを示した。またこうした技術革新は、沿岸部を含めた湿潤なサバンナ環境で発展したのかもしれないことも物語っている。
 したがって現生人類の行動上の革新を海産資源の開発に結び付けてきたモデルは、再考を必要とされるだろう、と結論づけている。

 

昨年の今日の日記:「人種差別主義者、スターリニスト中国と中国人、アフリカ出身者の排斥広がる 」