スターリニスト中国でネット通販最大のアリババに、中国共産党の圧力が強まっている。
 傘下のアントが11月5日に香港と上海の株式市場上場を予定しながら、その2日前に突然上場延期を発表した。当局、それも習近平じきじきの指示があった、とされる。
 そして後述するが、アントの収益源の1つの預金仲介サービスが、当局から停止させられた。
 

共産党当局がアリババを規制​
 11月7日付日記:「金融の巨人アリペイのアント・グループ、上海・香港株式市場の史上最大のIPOが上場2日前に急遽延期の驚き」で述べたように、アントの経営権を握るアリババの創業者、馬雲(ジャック・マー=写真)が直前に金融当局の聴取を受けたからだ。

 


 馬雲は10月下旬の上海市の講演で「良いイノベーションは(当局の)監督を恐れない。ただ、古い方式の監督を恐れる」などと当局批判を転回し、これを聞いた習近平が直接、上場延期を命じたという。募集に応じた証券会社には投資家からの株式購入代金がすでに払い込まれている。普通の証券当局者なら上場延期などもはや不可能なのは明らかで、それでも延期を命じられるのは習近平しかいないのだ。
 共産党に入党したり、神御一人である習近平の権威に触れないようにアリババCEOを退任するなど注意を払ってきた馬雲だが、ついに虎の尾を踏んでしまった。
 アント・グループ上場延期に次いで下った処分が、最も売れる「独身の日」セールの前日に発表されたネット企業への規制案だ。事実上、業界1位のアリババを標的にしたものだ。​
 

アリペイ、決済世界一の実力​
 さて先に上場延期になったアント・グループ。調べれば調べるほど、スターリニスト中国と香港の投資家がIPOの募集に飛びついたのも、分かる。
 アント・グループが運営するスマホ決済の「支付宝(アリペイ)」(写真)は、日本や欧米では普及していないもののスターリニスト中国では圧倒的な強さがあり、ユーザーは10億人、今年6月までの年間取引額は合計118兆元(約17.6兆ドル、約1850兆円)にも達する。アメリカのカード会社VISA、マスターカード、AMEXの3社の合計決済額16.5兆ドルをしのぐ。​

 

 

決済上回る与信収益​
 しかし決済は、実はアント・グループの1側面でしかない。与信(融資)の収益はそれを上回り、さらに資産運用や保険も手がけている。
 収益全体の約4割を占め、この半年間で285億元も稼ぐ与信は、実はアント・グループの屋台骨に成長している。
 アリペイの決済を通じ、個人の利用履歴が詳細に把握されている。電気、水道、スマホ料金が期日どおり支払われているか、ネット通販の利用履歴は、スーパーや出前サービスの購買歴は、などだ。これが丸裸にされているので、個人の属性は確実に把握できる。
 

信用審査で手数料も稼ぐ​
 それをもとに個人や中小業者の融資申し込みで与信を行う。貸付限度額や利率は、AIを駆使して即座に通知する。この与信管理は、他の銀行の追随を許さず、不良債権となる率は、他行が3%前後なのに対し、アリペイは1%ほどという。1件ずつ手間暇掛けて銀行マンが審査するよりも、AIが一瞬に弾き出す自動融資の方が焦げ付きが少ないのだ。したがって他の銀行も、アリペイの与信管理を利用する。この手数料は、アリペイの収入になる。
 貸付での収益率は高い。貸付利率は、信用度にもよるが、年利10%を越える。かなりの高利だが、来店・審査書類不要でスマホで簡単に融資してもらえるので、ユーザーは争ってこちらを利用する。
 

銀行に仲介だけして利益​
 巧妙なのは、アント自体は直接融資はせず、銀行に仲介して銀行が融資実行する。融資金という資産を持たない身軽な経営だし、しかも直接不良債権を負うリスクも無い。
 アントは、融資の延滞の督促も銀行から請け負い、「技術サービス費」を受けとっている。先述したように融資金利は年利10%ほどだが、この15%、すなわち融資金利の1.5%を銀行から受け取るのだ。
 ただしこの仲介ビジネスは、当局により禁止され、21日までにサービスを停止した。ここにも、スターリニスト中国当局のアリババ抑圧の一端が現れている。
 

顧客の資産運用も​
 アリペイでは、ユーザーのために日本のMMFのような資産運用も行う。ユーザーは、消費金額がマイナスにならないように余分の資金をアリペイに預けるが、アリペイはこれを運用して利益も得ている。預けた顧客には、その一部を利子として支払う。その利子は、銀行に預けるより高いから、顧客は争ってアリペイに資金を預けるのだ。これがアントの収益の15%ほどを占めている。
 さらに利益貢献度は資産運用より小さいが、アントは保険・共済も営む。
 つまり10億人に近い顧客は、すべての個人情報をアリペイに預け(その方がスコアが高くなり、レストランなどの予約もスムーズに行く)、給与から日用の支出、資産運用まですべてアリペイに委ねる(17年12月17日付日記:「中国共産党が監視する中国ネット通販巨人のアリババ;すべての個人情報を覗き、批判派を排除する共産党の『ポチ』の危険性」を参照)。
 

共産党の意に沿わないことで上場見送りの報復​
 日々莫大な利益を生み、アントの領域の拡大と共にその利益が年々膨らむ。
 アント・グループ上場に際し、スターリニスト中国と香港の投資家が株式購入に殺到したわけが分かる。
 しかし、それは中国共産党の意に沿わないために「絵に描いた餅」に終わった。

 

昨年の今日の日記:「我々ヒトを含む真核生物の「祖先(?)」の培養に日本の研究チームが世界で初めて成功:『サイエンス』が今年の10大成果に」
 

​​追記 スターリニスト中国当局は24日でに、独占禁止法の疑いでアントの親会社でネットビジネス最大手のアリババ集団の調査に入った。同日朝、浙江省杭州市の同社本社(写真)敷地内に複数の大型バスが続々入ることが確認された。いよいよ習近平の手が、本丸に伸びた。

 


 この報道を受けて、同日、香港市場で同社株が一時8%強下げ、同株を大量に保有する日本のソフトバンクグループも、大幅下げになっている。
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