北朝鮮ならず者集団の頭目の金正恩の異母兄、金正男氏のクアラルンプールでの暗殺事件は、連日、テレビ・新聞を賑わわせている(写真=最期の金正男氏の写真を載せたシンガポール紙)。

 

 

実行犯の2人の女は北朝鮮工作員のリ・ジョンチョルらに騙された?
 どうやらおぼろげながら、事件の全体像が浮かび上がってきた。
 犯行現場のクアラルンプール国際空港で別々に逮捕された女2人は、どうやら北朝鮮工作員に騙されて実行犯に使われた「被害者」だったようだ。
 僕が、2月16日付日記:「マレーシアで異母弟の刺客に暗殺された金正男氏が物語る金正恩の残虐性」で推定したような、35号室所属の女工作員ではなかった。
 すでにこの他に、男2人も逮捕されているが、そのうちの北朝鮮のパスポートを持つ1人、リ・ジョンチョルを含めた4人の男が工作員だったようだ。
 韓国の情報当局が入手している北朝鮮の平壌市民名簿には、リ・ジョンチョルと同名で同じ生年月日(1970年5月6日生まれ)の男が載っていたそうだから、北朝鮮から派遣された暗殺団の一員なのだろう。
 またマレーシア紙「スター」が19日、報じたところでは、リ・ジョンチョルは化学の専門家だったという。VXガスの扱いに慣れていたわけだ。
 平壌出身で、北朝鮮の大学で化学と薬学を学び、2000年に卒業。約10年後、インドのコルカタに留学した後、平壌に戻り、その後、マレーシアのIT企業で働いていたようだ。

 

マカオの家族は警察の保護下に
 家族とともにクアラルンプール近郊のマンションに1年以上も居住していたそうだから、周到な計画を練っていたことが分かる。そして、実行犯に仕立てる一般女性2人を調達したということか。リ・ジョンチョルが家族と住んでいたことは、当局の監視を免れるためのカモフラージュだったのだろう。
 この暗殺を受けて、スターリニスト中国の実質的支配下のマカオの金正男氏の自宅に暮らす2番目の妻と子ども2人は、マカオ警察の保護下に移されたという。
 最初の妻と子どもは北京に住むというから、とりあえず北朝鮮ならず者集団の魔手から、家族を守る手はずは整った。

 

次の標的は正男氏の息子のハンソル氏という危惧
 マカオに住む金正男氏の長男の金ハンソル氏はかつてフィンランドメディアのインタビューで、金正恩を「独裁者」と呼び、北朝鮮の現体制に批判的な姿勢を示した。韓国内では次の標的はハンソル氏との懸念も浮上していたからだ。
 金正恩の狙う次の標的が金正男氏の長男ではというのは、決して杞憂ではない。
 祖父の金日成の師であるソ連・スターリンが政敵・トロツキーを暗殺した手法と今回が酷似しているからだ。

 

メキシコ亡命中の無力のトロツキーをも襲ったスターリンの酷薄さ
 最初は、メキシコ共産党の幹部で画家のダビッド・アルファロ・シケイロスらを使って、メキシコ亡命中のトロツキーを襲撃させたが、失敗するとチンピラ・スターリニストであるラモン・メルカデルをトロツキー信奉者を装わせて近づき、最終的にピッケルをトロツキーの脳天に振り下ろさせ暗殺させている(13年4月26日付日記:「メキシコ周遊(番外):トロツキー暗殺の背景と下手人ラモン・メルカデル」、及び08年4月30日付日記:「トロツキー暗殺犯、ラモン・メルカデルのソ連での寂しい晩年:スペイン内戦、内務人民委員部」を参照)。
 もうその時、トロツキーは、第4インターナショナルという第3インターナショナルの対抗組織を組織していたものの実態は第3インターが傘下に置く各国共産党と比べれば、極少数派であり、実質的にはほとんど政治的影響力はなかった(写真=メキシコにあるトロツキーの墓碑とモスクワ、クンツェヴォ墓地のラモン・メルカデルの墓)。

 

 

 

一族郎党を消していき、トロツキーの血筋を根絶やしにした恐ろしさ
 トロツキー本人を暗殺させただけでも恐ろしいのに、スターリンの真の恐ろしさ・冷酷さは、トロツキーの兄弟、息子、孫らを、1人ずつ暗殺していき、実質的にトロツキーの血縁者を根絶やしにしたことである。
 まるで日本の戦国時代の敗軍の将に及ぶ惨禍のようだが、北朝鮮ならず者集団の金正恩の狙うのも、そこだろう。
 こうした偏執狂的殺人鬼が、なお一国の独裁者として21世紀に生き残っていることを、我々は深く銘記すべきである。

 

昨年の今日の日記:「ケニア、トゥルカナ湖西岸で約1万年前の狩猟採集民間の『戦争』の跡」