20日、不動産王のドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任した。このことは、テレビや新聞でたっぷりと報道されたから、それを記したところで二番煎じもいいところだ。
 ただ、トランプ新大統領の異色な点をここで述べておくのも、新大統領の将来を占う上で無益ではないかもしれない。

 

イギリスのEU離脱と同じ、「こんなはずでは」の当選で
 最も特筆すべきは、史上最も不人気の大統領の就任でということだ。就任直前に発表されたCNNなどの世論調査で、トランプ氏の支持率は40%、最近の歴代大統領の中で最低で、それ以上に注目すべきは不支持率がそれを上回る53%もあったことだ。
 普通なら民主的な選挙では、こんな人物は決して選ばれないはずだ。それが選ばれてしまった。
 昨年6月のイギリスのEU離脱と同じだ。誰もが「こんなはずでは」と思う結果になった。ここに、理性より、一時の感情・情緒で左右される直接選挙の怖さがある。

 

歓迎より抗議の方が盛り上がった大統領就任式
 就任式当日も、全米各地で大規模な反トランプデモがあり、ワシントンでは一部、黒ずくめの集団が店舗や車を襲うなどの破壊行為も行った(写真)。これも、異例の事態である。

 


 さらに翌21日は、休日とあって全米で数百万人もの大デモが行われた。
 首都ワシントンでは当初の予想の20万人をはるかに超える50万人もの多数にのぼる驚きの動員力を示した。
 このような決して歓迎とは言えない雰囲気での船出である。ここに、トランプ氏の先行きへの不安がある。

 

メディアとの険悪な仲
 このうえ、就任前の記者会見で、CNNなどメディアと大げんかをやらかした。さらに就任式の翌日の21日には、わざわざ就任式の出席数が少ないとして、メディアの報道を「嘘」と非難した。
 メディアとどうしてわざわざことを荒立てるのか、といぶかしいほどの高圧的態度である。
 この他、ニューヨークタイムズやワシントンポスト紙など、ほとんどのメディアと冷たい関係にある。一部のメディアは、さっそく特別取材班を編成し、トランプ氏の身辺や過去を洗う作業を始めている。
 不人気でメディアと疎遠とは、弾劾前の韓国の朴槿恵大統領とそっくりだ。
 支持率が低ければ低いほど、メディアはそれに勇気づけられネガティブキャンペーンをはりやすい。高い支持率の首脳には、どの国でもメディアは批判できない。批判すれば、自身の読者・視聴者を失うからだ。

 

2年後の中間選挙に早くも黄信号
 これは、不吉の兆候だ。通常、メディアは「ハネムーン」とされる100日間は大統領批判を自粛するが、トランプ氏の場合、すぐにもネガティブ報道が相次ぐ懸念がある。
 それは共鳴して、支持率をさらに押し下げる方向に働くだろう。
 そうなると、釈明と反論に追われ、誰でも自分の思った政策を実行できない。
 さらにアメリカでは、2年後に中間評価とも言うべき中間選挙が必ず行われる。
 中間選挙では、下院の全員、上院の3分の1が改選される。仮に朴槿恵大統領のように支持率が1桁にまで落ちていると、連座を恐れる共和党主流派議員がトランプ離れを必ず起こす。求心力の落ちたトランプ氏には、誰も言うことを聞かないだろうし、恐れない。
 そこにプーチンのロシアと習近平のスターリニスト中国がつけこむ余地は、さらに大きくなる。世界の安全保障はガタガタになる……。

 

内向き・反グローバリズム一色の就任演説
 暗い予測になったが、もう1つ大きな懸念は、トランプ氏の就任演説に、歴代大統領が必ず謳った自由と民主主義、人権というアメリカの建国の理念が全く盛り込まれていなかったことだ。極端な内向きの言葉だけが連なり、反グローバリズム一色である。
 つまりトランプ氏は、自由と民主主義、人権の理念に価値観を見出しておらず、ただ自国の狭い分野にしか関心を持っていないのではないか、という懸念がにじむ。

 

知性を備えた戦略家マティス国防長官などに期待
 救いは、トランプ氏を取り巻く閣僚たちは高い識見を備えていることだ。
 特に国防長官になったジェームズ・マティス元中央軍司令官(写真)への内外の評価は高い。マティス氏と言えば、「狂犬」というニックネームが付いて回るが、実態を表さないもので、「一番の知性を備えた戦略家」という評がもっぱらだ。彼ほど汗牛充棟の蔵書家で読書家の軍人も少ないとされる。品格も欠き、読書家とも声も聞かれないトランプ氏と、大きな違いである。

 


 本来は、マティス氏が大統領になるのがふさわしかったかもしれない。
 こうした有能なスタッフが支えるから、外交と安全保障に無経験のトランプ氏でも、幕僚たちに任せていれば、世界は安泰である。プーチンと習近平に一方的に押しまくられることはあるまい。特にスターリニスト中国には、媚中派オバマの倍返しの強硬態度で接するだろう。

 

TPP離脱に代わって強硬な2国間協定を迫ってくる
 そして公約どおり、トランプ氏は大統領就任の初日に、TPP離脱を表明した。
 これを、野党の民進党やJA全中は喜んでいるだろう。だとすれば、極めて甘い、と言わざるを得ない。
 通商でアメリカ第1主義を表明したトランプ氏だ。日本に対し、2国間協定を求めてくることは確実で、標的になるのはアメリカが絶対の強みを持つ農業・畜産だろう。TPPよりもっと過酷な譲歩を求めてくるのは間違いない。
 多国間の協定だったTPPでは、多数の国々が互いに牽制し合い、これをうまくさばいてギリギリ日本の国益は守れたが、2国間となるとそうは行かない。相手国の剥き出しのエゴイズムと対峙せざるを得ないからだ。
 前述のように国内で不人気のトランプ氏だけに、通商交渉にはひときわ居丈高になる可能性大だ。

 

任期途中辞任の可能性も、ペンス副大統領は期待できる
 僕は、前にトランプ氏が先任共和党大統領のうち、レーガン大統領のようになるか、途中辞任を強いられた第2のニクソン大統領になるか、それともパッとせず、1期で退任した父ブッシュになるか、と問題提起した。
 今は、第2のニクソンの可能性が最も高いのではないか、と予測している。
 だがその場合も、マイク・ペンス副大統領(写真)が控えているので、心強い。ペンス氏は、ロシアの影響力拡大に批判的な筋金入りの保守派であり、インディアナ州知事時代も日系企業誘致にも熱心な知日派・自由貿易派であった。

 


 むしろペンス「大統領」の方が中間選挙を乗り切れると見る共和党の総意で、トランプ氏は大統領の座から引きずり下ろされる可能性もある。
 任期4年を全うしても、よほどの功績を挙げない限り、トランプ氏は1期で終わるだろう。
 もっともスターリニスト中国と北朝鮮ならず者集団を追い込み、この2つの「悪の帝国」を破綻させれば、反転大人気となるだろうが。

 

昨年の今日の日記:エチオピア旅行のため休載