世の中には賢者でも、独裁者と妥協することが進歩的だと誤解する人たちがいる。
 第266代ローマ教皇の現フランシスコ法王にも、その懸念が広がる。

 

信仰の自由のないスターリニスト中国のカトリックは
 懸念どころか、それを深刻に受け止めているのが、香港と台湾のカトリック教徒だ。特に信者に教えを諭す司祭たちは、バチカンが習近平のスターリニスト中国と手を組むことに危機感を抱いている。
 バチカンは、周知のように教皇を長とする独立国家である。長年、台湾を中国の代表として認め、国交を結んでいた。国内で信仰の自由を認めないどころか、教皇の専権である司教任命権限を無視し、スターリニスト中国国内の官許の似非カトリック教が、共産党のご用司祭を勝手に任命していた。

 

ひっそりと信仰を守る約1000万人の信者
 ちなみに信仰の自由が抑圧されているスターリニスト中国国内にも、官許でない地下カトリック教会の信者はいる(写真=天津のカトリック地下教会でミサを行う信者たち)。その数は1000万人前後と、絶対数では多い。ただし人口比は1%にも満たない。

 


 さすがに北朝鮮ならず者集団と違い、地下カトリック教会信者は、カトリックを密かに信じているというだけでは投獄されない。しかし表だって集まれば直ちに検束されるし、指導者は常に投獄の危機にさらされている(16年8月5日付日記:「中国の地下キリスト教会の伝道師、民主活動家の胡石根氏にまたしても重刑;追記 香港独立派、立候補拒否される」を参照)。
 当然、信者は出世のためのパスポートである共産党員にもなれない。
 地下カトリック教会信者にとって、心のよりどころはローマ教皇である。教皇様が私たちを見守ってくださるから、と困難な地下信仰生活に耐えているのだ。

 

中国共産党官許の「愛国教会」は共産党の一翼
 一方、官許の通称「愛国教会」、中国天主教愛国会は、共産党の統一戦線組織にも名を連ね、スターリニストたちの宗教政策の忠実な組織である。ローマ教皇の権威を認めず、バチカンから破門された者も勝手に司祭に任命している。彼らが忠誠を誓うのは、ローマ法王庁の教皇ではなく、中国共産党である。
 このような連中が、本当に宗教団体と言えるのかどうか――議論するまでもないことだ。
 そのスターリニスト中国にバチカンが接近している、という心配は、実は以前から香港・台湾のカトリック教会の間に漠然とした形で広がっていた。
 それが「異なる宗教との対話」を掲げる「進歩的」なフランシスコ教皇の登場で、一気にスターリニスト中国との「和解」が現実化しつつあるという。

 

陳日君・枢機卿の苦悩
 バチカンの今のこの危険性に心を痛めるのが、香港の陳日君・枢機卿(写真=ローマ、サンピエトロ広場の陳枢機卿)である。

 


 陳枢機卿は、上海出身だが、神学を学ぶために植民地時代の香港のサレジオ会修道院に移り住んだ。それは、中国共産党が政権を奪取した1949年の1年前のことだ。
 50年~60年代にイタリアに留学した。時に密かに中国に渡り、本土の地下神学校で神学などを教えた。
 それを通じ、信仰の自由のない中国での地下教会信者の置かれた苦境を肌で知っている人でもある。カトリックの香港教区の司教に就いた後も、民主化デモの先頭に立つなど自由と人権にの問題に取り組んできた。
 当然ながら、バチカンがスターリニスト中国と接近することに反対だ。
 ところが陳枢機卿が気をもむように、2013年にローマ教皇に就いたフランシスコ教皇は、対中関係改善に前向きの姿勢を示している。
 スターリニスト中国にとってそれは願ってもないことであり、仮にバチカンと和解できれば、国交回復・台湾との絶縁を勝ち取れる。

 

噴飯物のスターリニスト中国との「初期の合意」
 しかし、それは70年近くにわたって禁圧下の信仰に耐えた地下カトリック教会の信者を裏切ることになる。多くの信者を抱える台湾にとっても、痛手だ。
 一部では、最大の障害になっている任命権問題でも、バチカンとスターリニスト中国当局との間で初期の合意に達したと伝えられる。
 それによるとスターリニスト中国が司教を選ぶための司教協議会を新設し、この協議会が新しい司教の候補者リストをバチカンに提示し、最後が教皇が任命するというものだ。
 事実とすれば、まさに噴飯物の合意である。司教協議会の司教は共産党が選任するのだろうし、司教候補者も官許の天主教愛国会の中から選ばれるのも間違いないだろう。

 

すべて党が決め、指示する
 その「司教候補」をローマ教皇が任命すれば、地下教会信者は、教皇のが認めた上で、共産党政府の支配下に置かれることになる。熱心な信者であればあるほど、共産党に売られ、投獄されるリスクに怯えることになろう。
 かつて陳枢機卿が長安に訪れた時、迎えた司教に「司教会議はいつ開かれるのか」と尋ねたところ、その司教は次のように笑い飛ばしたことが忘れられないという。
 「会議なんてあると思うのか? 政府が司教を呼びつけて指示するだけだ。議論なんてない。政府がすべて決めるんだ」。言うまでもなく政府を指導するのは、共産党だ。つまり党がすべてを決める、とこの司教は言ったのだ。

 

フランシスコ教皇様、あなたは間違っている
 バチカン危うし、である。
 バチカンの中にスターリニスト中国の回し者がいて、「進歩的」なフランシスコ教皇をたぶらかし、中国の最後のカトリック信仰の根を断とうとしている。
 それは、やがて香港と台湾の信仰の自由も脅かすだろう。
 はっきりと言いたい。フランシスコ教皇の進もうとする道は、間違っている、と。

 

昨年の今日の日記:「フィンランド(超短期)紀行13(最終回);ヘルシンキの1年半後、また旅へ」