世界最初にハイブリッド自動車を開発し、また究極のエコカーとして走行中に二酸化炭素を排出しない燃料電池車(FCV)を世界最初に市場投入したトヨタ。その位置づけで、同社は電気自動車(EV)に距離を置いてきた。

 

トヨタもEV量産化に
 そのトヨタが、姿勢を転換している。
 同社は12月1日付で社内に「EV事業企画室」を設立し、EVの量産に向けた取り組みを急ぐ。これには、グループ内の有力企業である豊田自動織機、アイシン精機、デンソーの3社が、トヨタと共に1人ずつ参加し、同企画室はトヨタの豊田章男社長が直轄する。力の入れ方が分かる。
 冒頭に述べたように、これまでトヨタはEVには全く関心を示さなかった。走行距離の短さ、充電時間の長さ、また充電スタンドの少なさなど、様々な弱点があったからだ。トヨタが究極のエコカーとして普及に注力するFCVと競合することも理由の1つだった。

 

環境規制の高まりとフォルクスワーゲンの燃費偽装でEVに脚光
 しかし世界の自動車業界の流れの変化が、EVへの姿勢を転換させた。トヨタ最大の自動車市場のアメリカのカリフォルニア州が18年から環境規制をさらに強化し、ハイブリッド車がエコカーから外れる。スターリニスト中国は、政府補助金を手厚くしてEV普及に力を入れる(この政策にはかなり問題があるが)。
 一方、もう1つの自動車市場であるヨーロッパが、1年前のフォルクスワーゲンのディーゼル車の排気ガス規制偽装問題で影響で、ディーゼル車がエコカーとしての地位を失墜した。
 この問題を受け、フォルクスワーゲンはEVに注力する大きな方針転換を図った。他の自動車メーカーもEV開発に走っている。

 

EVの3大欠点を埋めつつある技術革新
 既にEVの3大欠点だった航続距離の短さ・充電時間の長さ・充電インフラの未整備も、ある程度、目処をつけつつある。
 一部では1回の充電で500キロの走行距離を達成し、急速充電でも40分かかっていたものが、超急速充電器を使えば数分で済むようになっているという(ただし航続距離は限られる)。充電スタンドを、ガソリンスタンド並みに配備するのも、EVの普及と共に時間の問題となる。それがさらにEV普及を促す。
 つまりトヨタだけがEVに後ろ向きでは、世界のトレンドから取り残される。そこで、20年までにEVを市場投入すべく、社内に開発組織を創ったわけだ。
 もちろんエコカーの本命がFCVであるという同社の姿勢は変わらないだろうが、世界で1社だけ孤立する懸念は取り去るということだ。

 

EVの普及が変える世界の原油需給
 こうして世界がEVに積極的になり、新車市場にEVがかなりのシェアを占めることになると、別の影響が広がる。
 その最大のものは、原油市場の影響だ。OPECは、下げ一方だった原油価格の上昇を狙い、去る30日、ウィーンの本部で開いた総会で、8年ぶりの日量120万バレル減産で合意したが、それでもアナリストはかつのような1バレル=100ドルには絶対に戻らないという観測で一致している。おそらく1バレル=60ドルの復帰も難しいだろう。
 価格上昇の歯止めとなるのが、トランプ次期大統領の政策である原油生産への規制緩和である。アメリカが独壇場であるシェールオイル生産は、60ドルになれば一斉に拍車がかかる。これは、世界の原油価格を抑える強力なブレーキだ。
 すでに将来のシェールオイル生産の前段である掘削装置リグの稼働数は、月を追うごとに伸びている。16日に発表されたリグ稼働数は510基と、11カ月ぶりに500基台を回復した。

 

「ピークオイル」論退き、今や「ピークデマンド」論
 長期的にはEV普及が、もう1つのブレーキ役になる。世界の石油需要の55%は、ガソリンなどの輸送部門向けだ。新車の燃費向上で、自動車用燃料需要は頭打ちが鮮明になっている。EV普及は、これを確実に下げトレンドに変える。
 あるシンクタンクの見積もりでは、EVに脚光が当たるヨーロッパで新車販売の5割がEVで占められる状況が10年続くと、ヨーロッパのガソリン需要は25%も減る。マーケットに使う当てのない原油が溢れる事態になる。
 原油需要のもう1つの柱である化成品には、原油ほど生産地が偏在しない天然ガスというライバルがある。天然ガス生産量は世界的に拡大し、現在は供給過剰状態にある。
 こうしたことを睨めば、もはや「石油の時代」は終わったと言えるかもしれない。つい数年前まで声高に叫ばれた「ピークオイル」論は、今や「ピークデマンド」論に置き換わられた。
 ここ1、2年続いた原油価格の低迷は、その入り口に立ったことを暗示しているのではないか、と思うのである。

 


 写真は、昨年から日本に輸入され始めたアメリカ、テスラ・モーターズ製のEV最新版の「モデルS」。

 

昨年の今日の日記:「フィンランド(超短期)紀行3;波止場のテント張りの露店で本場のアトランティックサーモンを食べる」