呆然、の翌朝は、啞然、で開けた。
 その朝の直前に引けた前日のニューヨーク株式市場は、懸念された大暴落どころか、前日比257ドル高の1万8589ドル、ほぼ2カ月半ぶりの高値で終えたのだ。為替市場も、ドル高となった。

 

マーケットは「吉」で迎える
 その流れを引き継いだ東京市場も、前日のトランプ・ショック安を取り戻す大暴騰となった。前日比1092円(6.72%)高の1万7344円だ。15年9月9日(1343円高)以来のおよそ1年2カ月ぶりの暴騰である。
 驚くべきシーソー相場に、トランプ・ショックの複雑さが垣間見られる。
 ニューヨークと東京の上げを演出したのは、共和党が上下両院を制したこともあり(これも、トランプ当選ほどではないが、小番狂わせである。下院はまだしも、上院では民主党の多数派奪回が有力視されていたのだ)、とりあえずトランプのお手並み拝見というムードになったのだろう。

 

法人税大減税で海外に逃げた企業の利益を還流させる?
 伝統的にニューヨーク株式市場は、共和党大統領を歓迎する。マーケットにすれば、左翼のバーニー・サンダースに引っ張られて、金融規制に前向きのヒラリー氏はウエルカムではなかったのだ。
 むしろ実業家のトランプであれば、トランプの保護貿易主義的通商政策に目を瞑り、市場に優しい政策が打ち出されると期待したのだ。
 例えば実現性に大いに疑問符が付くが、トランプは法人税を現行35%から一気に15%下げると公約している。アメリカの35%の法人税率は、世界最高で、アメリカのグローバル企業が利益を海外子会社に蓄積する原因の1つになっている。アイルランドなど、低税率国にため込まれたアップル、アマゾンなどのアメリカメガ企業の利益は2兆ドル以上とされている。その分、税収を押し下げている。

 

大減税は間違いなく米経済を飛躍させる
 仮に法人税15%に激減されれば、これは世界でも最低の法人税率になるから、アメリカ企業そのものの流出も、利益の海外子会社移転もなくなる。さらに中小企業を含めて、驚くべき大減税の恩典となる。企業活動は刺激され、大幅な経済躍進の原動力となる。
 これは、通商保護主義者トランプの唯一に近いプラス政策と歓迎されたのだ。
 むしろこれで企業活動を活性化させれば、貿易収支の赤字も大幅に改善されるだろう。保護貿易主義を採る必要性が薄れる。

 

最高裁は保守化へ
 またこれは、マーケットにほとんど関係はないと思われるがが、保守派対リベラル派が4対4で拮抗しているアメリカ最高裁の欠員が、保守派で埋められることが確実になったことは一部に歓迎されているだろう。オバマは、保守派判事の死去で開いたこの欠員をリベラルなリック・ガーランド氏指名で埋めようとしたが、共和党多数の上院で審議を拒否されていた。
 上院で民主党多数となれば、ヒラリー「大統領」は、ガーランド氏の指名を再提案したであろう。しかしこの指名を非難していたトランプの当選と上院での共和党多数が確定したことにより、最高裁の欠員判事に保守派が起用されるのは確実になった。間接的には、これも歓迎されたのかもしれない。

 

異例のトランプ拒否デモ
 しかし当選決定直後、ロサンゼルスやニューヨークなど、伝統的に民主党の強い大都市を中心に、若者たちによる「トランプ大統領を認めない」という大規模抗議デモが起こった。大統領選挙を受けて、このようなデモが起こるのは、異例である。
 実際、トランプは決して多数派ではない。獲得選挙人数こそ過半数の270人を超えたけれど、全米の得票数では約20万票という僅かの差だがヒラリー氏に負けているのだ(ヒラリー氏の得票数は5968万9819票)。得票数で相手候補に敗れながら獲得選挙人数で多数を取って大統領当選を決めたのは、2000年の民主党ゴア氏を下した共和党ブッシュ大統領以来となる(写真は勝利宣言するトランプ、は敗北を認めたヒラリー氏と夫の元大統領ビル・クリントン氏)。

 

 

 

勝利宣言演説の調子の良さ
 勝利宣言でトランプが演説した内容を読めば、これまでの過激な言動との食い違いに戸惑う。
 いわく「アメリカは分裂の傷を縫合し、今こそ共和党、民主党、独立系みんなが一丸となって前進するときだ」、「すべてのアメリカ人のために大統領として働くことを私は誓う。(中略)国民が一丸となって努力できるように、これまで私を支持しなかった人にも協力を求めたい」。
 今までマイノリティーへの侮辱と攻撃を繰り返してきて、国内を分裂させてきたのは誰なのだろうか。

 

温暖化防止のパリ協定に暗雲
 先頃、発効したばかりのパリ協定も、二酸化炭素排出量世界2位のアメリカが、離脱すると公約していたトランプ「大統領」で、実効性が怪しくなった。米経済界にとって、これも歓迎すべきことなのだ。
 しかし短期的にはそれで乗り越えられたとしても、いずれアメリカも、脱炭素社会に動かざるをえない。トランプは、それを先延ばししてくれると期待しているのだろうか。

 

TPPは漂流、オバマケアは廃止か
 トランプ当選の翌日、昨日の日本の衆議院で可決されたTPPは、当面は漂流を余儀なくされる。オバマが最後のレガシーを残したいと願えば、トランプの大統領就任前のレームダック議会でTPPの承認を目指す可能性もあるが、ともかく莫大な時間の浪費をもたらすだろう。TPPの必要性を、いち早く衆院で承認した安倍首相が説いてもらうしかない。
 国内的には、オバマのレガシーはことごとく潰されることになろう。その最大のものは、皆保険制度のオバマケアである。これは、保険料の暴騰でオバマケアの恩恵を受けている貧困層でも反発が強い。このオバマケアにも、トランプは廃止を訴えている。オバマケアは、風前の灯火である。

 

「壁」建設などの不法移民対策は実現不能
 「不法移民の流入阻止のためにメキシコとの国境に壁を造り、その建設費をメキシコに支払わせる」という政策は、しかし実現不可能だろう。メキシコ側が建設費を払うはずがないからだ。単独で造るとすれば、莫大な建設費がかかる。
 そして強制送還させると明言している2000万人とも言われる不法移民は、アメリカの中小企業や農場にとって、「文句を言わない低賃金労働者」として重宝されている。これを一気に送還はできないし、しようとすれば、トランプに投票した中称企業経営層にも批判される。
 保護貿易志向の通商政策は、どこまで貫徹されるか分からない。勝手に高関税を課せば、WTO違反である。せいぜいスターリニスト中国や日本に圧力をかけ、自主規制を飲ませるのが精一杯ではなかろうか。これで、アメリカに雇用が戻ることはない。しかし前述の大減税があれば、それをせずともアメリカの雇用情勢は大きく改善される。

 

プーチン・ロシアと蜜月へ、しかし旧ソ連諸国と東欧は危険に
 しかし安全保障では、世界は疑いなく不安定になる。
 例えばトランプが勝利宣言した直後、手回しよくプーチンは、トランプに当選を祝福する祝電を送った。配下のハッカーを使ってクリントン氏や民主党のメールなどを流出させてまで、トランプを応援した甲斐があったというものだろうが、ここにトランプの対ロシア外交の危うさがつのる。最高の大統領と評価してくれたトランプと手を組む懸念が浮上している。シリアでも、ヨーロッパでも、だ。
 プーチンが狙うのは、EUとオバマのアメリカとが実施している対ロシアのウクライナ侵略への経済制裁の空洞化である。もしアメリカが抜ければ、プーチンはウクライナばかりか旧東欧の再侵略を狙うだろう。かつて帝政ロシアとスターリン・ソ連による2度の植民地化の圧政に苦しんだバルト3国とポーランドの苦衷は、思いやられる。
 東欧史・ソ連史への理解もなく、そうした苦衷への想像力も欠いたトランプは、明らかに不適任である。

 

スターリニスト中国と北朝鮮ならず者集団も歓迎
 また東アジア情勢への理解も乏しい。わが国と韓国の防衛に後ろ向きで、スターリニスト中国との貿易上の談合で、習近平から譲歩を得られれば、一気に軍事力を後退させるリスクがつのる。アメリカが退いた後をスターリニスト中国が埋めるのは、火を見るより明らかだ。
 したがってプーチンと並んで、習近平もトランプ勝利を祝ったであろう。
 さらに北朝鮮ならず者集団の金正恩も、トランプ勝利を祝った1人だろう。トランプは、かつて「金正恩氏と話し合ってもいい」と放言した。オバマの対北朝鮮戦略は、経済制裁を強め、金正恩体制を弱体化させ、核放棄を飲ませることだった。北朝鮮側からの度重なる対米交渉の要求に、オバマは一顧だにしなかった。
 トランプは、長年の「金正恩を相手とせず」に風穴を開け、ひいては北朝鮮の核保有を追認してしまう懸念があるのだ。

 

最高齢大統領で4年間の任期を全うできるか
 中東情勢も不透明感を増している。シリアでは、プーチンと組んで、対ISIL、対アサドに譲歩するかもしれない。アメリカとヨーロッパの対シリア戦略は、大きな困難に直面する可能性がある。
 史上最も高齢となるトランプ「大統領」は、任期を全うできるか不透明でもある。好色で、おそらく美食家であるトランプは、高血圧や糖尿病などメタボを抱えている可能性が高い。世界一の激務であるアメリカ大統領職を任期の4年間いっぱいを務められるか、疑わしい。

 

ペンス「大統領」を心から望む
 それに、ヒスパニック、黒人、女性、ムスリムなどマイノリティーを好き勝手に誹謗してきたことから、アメリカ大統領としての資質に問題があることは、本人も自覚していることだろう。当選後も、険悪の関係である主要メディアから叩かれ続けるだろう。
 ひょっとすると当選することだけが目的だったのではないか、と思う。
 選挙戦で言いたい放題だった振る舞いのツケを払わされ、嫌気がさしてきたら、さっさと辞めてしまうかもしれない。後のことを考えたら、とてもあんなことを言えなかったはずなのだから。
 彼が大統領職からいなくなれば、ペンス副大統領が昇格する。ペンス氏なら、深い分裂を抱えた共和党をまとめられる。
 まだトランプ大統領の就任前だが、ペンス大統領の実現を心から望んでいる。

 

昨年の今日の日記:休載