なるほどこうして調査したのか――NHK-Eテレで9月26日午前零時から再放送された「地球ドラマチック――洞窟に眠る新種の人類」を観て、映像の迫真性にあらためて感銘した。この番組の本放送は、お気に入りの方からの連絡で知ったが、その時は放映を終わっていた。あらためて再放送を待っていたものだ。

 

ライジング・スター洞窟調査のドキュメント
 2013年10月、3週間にわたった南アフリカの「ライジング・スター洞窟」の調査である(写真=洞窟入り口)。

 


 最も狭いところは幅18センチしかない縦穴(垂直の空洞)の底に、幼児、青年、老人など少なくとも15個体分に相当する約1550点もの骨が散乱していた。3週間の調査で取り上げきれなかった骨は、なお大量に残されていると見られる(写真)。

 


 調査責任者の南アフリカのヴィッツヴァーテルスランド大の古人類学者リー・バーガーは「ホモ・ナレディ」と命名した。このことは、世界に一斉に報道された直後に、本ブログでも紹介した(15年10月11日付日記:「南アの『人類の揺りかご』で古い形態と進歩的形態の混じる大量の人類化石発見;『ホモ・ナレディ』と命名」)。詳細はそこに譲る。

 

世界遺産「人類の揺り籠」石灰岩地帯には人類化石の眠る無数の洞窟
 発見の経緯も、よく分かった。プロの化石ハンターが遺跡を見つけ、2人の洞窟探検家が狭い縦穴まで入り込んで骨を発見した()。2013年9月13日のことである(何という偶然か! この頃、僕はすぐ近くのステルクフォンテイン洞窟を訪問していた。ただしツアーの一行だったので、自由行動はできなかった)。

 


 3年前のこの頃に訪れたステルクフォンテイン洞窟などのある石灰岩地帯の世界遺産「人類の揺り籠」一帯(写真)には無数の浸食洞窟が自然に形成されているけれどもには、僕が痛感させられたのは、ここにはまだたくさんの古人類化石が眠っているという希望だ。ただしそれを調査するたびに、今回のような謎が玉手箱の中身ように現れてくるのだけれども。

 

 

細身の女性ボランティアが骨の取り上げ
 そして骨の取り出しに実際に従事したのは、フェイスブックで世界中の研究者に呼びかけたボランティア研究者だったというのも、興味深い。
 応募の条件は、古生物学や地質学など専門知識を持った「幅18センチの縦穴に入れる」細身の人で、閉所恐怖症でない者、だけだった。報酬は、往復の格安飛行機チケット代程度。全くのボランティアである。選抜されたのは、意図的か(バーガーが女好きなら)偶然か、若い女性5人だった(写真=右側の1人を除く5人)。

 


 バーガーら古人類学者たちは、ケーブルを通じたモニター画面で調査を監督し、電話で指示を与えた。彼女たちは、期待された使命をやり遂げた(写真=女性たちの調査の模様)。

 

 

従来の南ア古人類化石と全く異なる産状
 映像で観て分かったのは、縦穴の狭い底に土の上に散乱していたことだ(かなりは、地中に埋もれていたが)。石灰華も付いておらず、角礫岩中にも埋まっていない。同じ「人類の揺り籠」一帯の石灰岩洞窟中に埋まっていたこれまでのアウストラロピテクスやパラントロプス、ホモ・エレクトスなどと産状が大きく異なる。まるで数年前に投棄された殺人事件被害者のようだ。
 しかし骨の形態は、現代人とは全く異質で、世界中の70億人をくまなく探しても、ホモ・ナレディと似たような人類はいないはずだ。つまり「古い」人類であることは、明白なのだ。

 

小さな脳など古代的特徴目白押しだが
 まず、最も完全な頭蓋冠の脳容積は、約450ミリリットルとアウストラロピテクス並みの小サイズだったことだ。写真で見ても、眼窩上隆起は突き出し、前額部は後退して、頭蓋冠は低平である(写真)。

 


 さらに下顎の歯列の葉は、奥に行くほど大きくなっている。現代人はとっくに失っている第3大臼歯(親知らず)は、特に大きい。
 これは、どう見てもバーガーらが憶測する200万年前級の古人類である。
 しかしそれにしては、歯列弓は現代人的なカーブをしている。また前記の特徴にも関わらず、歯のサイズは小さく、後期のホモを連想させる。
 また足は把握能力を失い、現代人的だ。手首と手のひらも現代人的で、道具の使用に適応しているかのようだ。
 さらに脚も長く、二足歩行者に特有のものだけれども、腕もまたチンパンジーのように長い。
 つまり新しい特徴と古代的特徴が混在しているキメラ人類なのである。ただ新発見の古人類は、その時点では必ずキメラ的特徴が認められるので、その意味では特異ではない。

 

なぜ狭い入り口しか無い洞窟にヒトの骨だけ集積?
 それ以上に、突きつけられている難問を前記のような産状だ。
 縦穴の底で見つかったのは、人骨だけで、遺体を運び込んだと見られる肉食獣と、その餌の草食獣の骨も一切無かったのだ。他に見つかったのは、フクロウの骨1羽分だけだった(迷い込んで出られなくなった不運な犠牲者か)。それに、人骨の見つかった所は、這って進まなければならないような「スーパーマンズ・クロール」と命名された狭い横穴を入り、ギザギザの急峻な岩の「ドラゴンズ・バック(竜の背中)」を登り、さらに前述の細い縦穴を通らねばならない(前掲の図)。
 つまり肉食獣が運び込んだのでもないし、雨で流されて来たのでもない。このいずれのせいであっても、ヒトだけ選択的にライジング・スター洞窟に運び込まれるなどあり得ない。

 

小さな脳などの古代的特徴の人類が埋葬できたか
 では埋葬か? バーガーら、調査に参加した古人類学者は、そう考える。
 しかしそれは、バーガーらの憶測の200万年前級という古代性が明確に否定する。人類が死者を意図的に埋葬するのは、ホモ・サピエンスと後期のネアンデルタール人からで、洞窟の奥底に放置する類似した例は40万年前頃の後期ホモ・ハイデルベルゲンシスかプロト・ネアンデルタール人であるシマ・デ・ロス・ウエソス人が、唯一である。
 死者を「処理」するというある程度の認知力が、100万年前以上前の人類にあったとは考えられない。まして小さな脳である。

 

鍵握る年代の決着
 そこから導かれる最も無理の無い(それでも苦しいが)解釈は、やはり417ミリリットルの極小の脳を持ったホモ・フロレシエンシスのように、遺伝的に隔離され、遺伝的浮動で小さな脳などが選択されたホモ・エレクトスの生き残りだとするバーナッド・ウッドのような考えだ。
 根拠はないが、もし骨が200万年前のものだとすると、アウストラロピテクスからホモ属への移行は、いくつもの多様なグループが星雲状態のように共存し、ある時は編み目のように絡み合いしつつ、長い時をへて確立したものなのか? バーガーらの見つけたのは、多様なグループの1つ、ということになる。
 そのように解釈を混迷させているのは、年代が未決着だからだ。せめて骨片のわずかでもAMS利用の放射性炭素年代を測定できれば、少なくとも5万年前より新しいか古いかは決着が付く。
 ただ5万年前より古いとなっても、骨はフローストーンに包まれていなかったので、他の測定法は難しいかもしれないけれども。

 

昨年の今日の日記:「ニュートリノ振動発見の梶田隆章氏らに贈られたノーベル物理学賞を祝し、基礎科学の意義を再確認」