毎年のようにノーベル賞候補には挙がるけれども、決して本命ではなかった。今年もそんな感じだった大隅良典・東工大栄誉教授の2016年度生理学・医学賞の受賞である。
 
誰もやらなかった分野に挑戦、だから最近では珍しい単独受賞
 しかも今回は、対象分野が自然科学の中で最も広く、かつ競争が激しい生理学・医学賞での極めて珍しい単独受賞で、2010年度の体外受精技術の開発で受賞したイギリスのロバート・エドワーズ氏以来だ(他の物理学賞、化学賞を含めた単独受賞は、1987年の生理学・医学賞の利根川進氏以来)。
 受賞理由となったのは、「オートファジーの仕組みの解明」だが、大隅氏がオートファジーの仕組みの研究を始めた当時、世界の誰も手がけていなかった。華やかでもなく、有望とも見られていなかった分野なのだ。まさに独創的研究分野の開拓者だから、単独受賞となった。
 
大きな酵母を試料にしたことが幸い
 これで大隅氏は日本人として25人目(アメリカ国籍を取った南部陽一郎氏と中村修二氏を含む)のノーベル・ローリエイト(受賞者)になるが、単独受賞となったように、大隅氏の開拓し、受賞理由となった細胞「オートファジー(自食作用)」が極めて地味な分野だった。1988年に初めて研究を始めた時、関係する論文はほとんど出ていなかったという。
 誰も手がけていない研究を始めるうえで、大隅氏が着目した素材が、今日の研究の発展につながった。それは、顕微鏡で観察しやすい酵母という比較的大きな細胞に目を付け、これでオートファジー研究に取り組んだことだ。これもまた独創的であった。
 
蛋白質のリサイクル=オートファジー
 さてオートファジーとは、真核生物のすべてに備わっている生体の巧妙な仕組みである。古くなった、ゴミに近い蛋白質やミトコンドリアを分解し、アミノ酸などに変える。成人は毎日、約200グラムの蛋白質を作っているが、このうち約3分の1の70グラムは食物として外から補っている。他の3分の2の蛋白質は、分解して得た原料で賄っている。まさに蛋白質のリサイクルである。
 古くなった細胞に、二重膜で蛋白質などを取り囲むオートファゴソームという小胞が出来、分解酵素が入った細胞小器官と融合してアミノ酸に分解され、「再生資源」として利用されるのだ。
 我々は、極限状態で1週間、時には2週間も、何もなくても生きられる。それは筋肉などの蛋白質を栄養源に再利用しているからだ。
 
 
20~30年前の偉業に栄冠
 オートファジー現象の存在することは1960年代から知られていたが、分子レベルでのメカニズムや生理学的な意義は謎だった。
 大隅氏は1988年、酵母で蛋白質などが分解されていく様子を光学顕微鏡で初めて観察することに成功し、さらに93年にはオートファジーに不可欠な14種類の遺伝子を特定し、働きを次々と解き明かした。
 大隅氏の研究が先導し、その後、氏の弟子も含め、世界各国の研究者が次々にオートファジーの生理学的意義を解明していった。
 
近年の研究で様々な難病の原因にもなっていることが明らかに
 細胞内の掃除役のオートファジーが働かないと、「ゴミ」が溜まって身体がゴミ屋敷となり、様々な疾病の原因になることが分かってきた。例えばパーキンソン病は神経細胞でオートファジーが働かず、異常なミトコンドリアが放置されて起こるらしいことが分かっているし、大隅氏と共同研究していた水島昇・東大教授は、癌、神経変性疾患、白内障、病原菌の分解にオートファジーが関与していることを動物実験で確かめている。
 一部の癌では、オートファジーの機能が過剰になっていることも明らかになっている。
 無限に細胞が増えていく癌細胞も、実は一部は死滅しているから、まだ夢物語だが、癌細胞だけに特異的にオートファジーを働かないようにすれば、新たな癌細胞は作られないので、いずれは癌細胞は死滅する、とも推測できる。
 オートファジー研究から実用的成果はまだ出ていないけれども、このように難病治療の可能性を感じさせる研究成果は目白押しである。
 
「何かの役に立つ、とは思わなかった」
 大隅氏も述懐しているが、氏が研究を始めた時、オートファジーが何かに役に立つとも、疾病に関わるとも考えていなもいなかった。つまり基礎科学者の好奇心からの出発だ。
 そうやってコツコツと実績を積み上げていき、それが1つの学問分野を領導する業績となった。
 民主党政権時代、科学技術に全く無知だった民進党の蓮舫は、「一番じゃなければダメなんですか」と世界一を目指すスパコン「京」の開発努力を非難し、自然科学研究の本質を全く理解していないことを暴露したが、さしずめ蓮舫だったら、大隅氏の研究室に乗り込み、「オートファジーって、何の役にたつんですか」と批判したことだろう。
 基礎科学とは、そのようなものなのである。
 写真は、画像でオートファジーを説明する大隅良典氏。
 
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